第61話 Give it for you

 付き合っていない男女がクリスマスにやることはかなり少ない。カップル的には所謂性夜なるものも存在しているがその他は何をするか。


 唯一やるとしたらアレだろう。


 大樹と茜はベンチに座っていた。

 二人は何を言うでもなく座って時間を潰している。


 ただ、そろそろ時間か。腕時計を見ると既に午後七時になっている。夕食はお互い家で食べると決めてあったのでそろそろお開きとなる。


「もう七時ですね」


 横から声がする。大樹がそちらをみると茜は何やらうずうずしていた。元より七時くらいに解散するのは知っていたはずだがこのうずうずの意味がわからない。もしかしたら同じことを考えているのかもしれないと大樹は少し嬉しくなった。


「そうだな」


 うずうずしている茜を見ながらかくいう大樹自身も機会を伺っていた。ショルダーバッグに入っている袋の存在を意識する。


 大樹のショルダーバッグに入っているそれは簡単に言えばクリスマスプレゼント。楓哉に相談して購入した。楓哉も楓哉で皐月へプレゼントを送ろうとしていたみたいだからお互い良い話し合いになったと思っている。


「なあ」「あのっ!」

「……茜からどうぞ」

「いえ、大樹君の方が一拍早かったので大樹君から」


 こういう譲り合いの精神って日本人だよね。別に『俺から!』とやっても良いと思うが。


「じゃあ俺からな」


 お互いしばらく言い合い根負けした大樹はショルダーバッグからラッピングされた小さいものを取り出した。

 およそ十センチほど。それを茜に手渡す。彼女は恐る恐る受け取り、手のひらにあるそれをじっと見る。


「これは……?」


 茜が説明を求めるように大樹の目を見る。大樹はふっと微笑んで


「日頃の感謝?まあクリスマスプレゼントだから受け取ってほしい」

「ありがとうございます。中身見ても良いですか?」

「おう。なんなら今開けてくれ」

「ペンと思ってましたが違いそうですね」


 茜は頭が良いからペンを贈ることももちろん考えた。でもペンは茜がいつも同じものを使っているので贈るのは少し迷惑かもしれないと考えた。


 茜はラッピングの止めてある部分を優しく剥がして包み紙を解いていく。


「あれ、思ったよりも小さくないですか?」

「ハンカチですか?にしても小さい……」


 そして紙を剥いだ後に残ったのは丁寧に折り畳まれている青を基調としたチェーンの細い腕飾り。カランコエという花をあしらっている。

 茜はそれを宝物のように優しく握る。


「きれい、ですね」

「気に入ってもらえたようで何より」

「せっかくですので大樹君」

「どうした?」


 茜はそれを大樹に渡して、右手首を見せた。なるほど。付けろと。そう考えた時には茜も


「大樹君が付けてくれませんか?」

「任せな」


 チェーンの繋ぎ目を外して茜のその細い手首にそのブレスレットを巻く。




「その、どうですか……?」

「うん。我ながら良いチョイスをしたと思う」


 茜の手首を持ち上げてそのアクセサリーを、そして照れたのか頬を赤くした茜を見て大樹は満足げに微笑む。

 そこでそういえばと思い出した。


「茜もなんかあったよな?」

「……はい。大樹君の後ではだいぶハードルが高いですが」

「気にせずリラックス!」


 茜は数度深呼吸をした後、カバンの中をガサガサとまさぐりそれを取り出し、大樹に手渡した。


「私も、クリスマスプレゼントです」


 大樹はそれを受け取り、茜にことわってラッピングを剥がしていく。

 そしてそれはすぐに現れた。

 手袋。緑色の毛糸製のそれを大樹は手にはめる。


「暖かいな」

「ありがとうございます」

「いやいやこちらこそ。手袋ちょうど持ってなくて冬は寒いし助かった」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


 大樹は両の手を開いたり閉じたりしてその手袋の感覚を手に馴染ませる。茜はブレスレットと大樹をほうけたように眺めていた。




 イルミネーションや周囲のビルの明かりで照らされている歩行者天国を抜けた大樹と茜は帰路を辿っていた。


「こうやってただ時間を過ごすのも良いな」

「そうですね」


 茜の家の前につくと変な人がいた。目線をキョロキョロと彷徨わせ、時折スマホをチラチラと見る。


「なあ、あれって……」


 その人に気づかれない場所で茜にこっそりと話しかける。しかし茜は「ついてきてください」と大樹を引っ張っていき、その変な人(男の人だった)に向けて一言


「お父さん。何してるんですか?」

「おかえり茜」


 男の人が茜に応える。

 あ、茜のお父さんだったんだこの人。大樹はそう理解した瞬間


「君が茜が時々話している大樹君なる人か」


 すらりとした長身、いかにもインテリ系の顔立ちに細いメガネと細い目。どちらかと言えば柔和な顔立ちをしている茜とはお世辞にも似ているとは言えないがただよく見ると確かに面影はある。

 彼は大樹を無感動で見下ろした。


「はい。僕が草宮大樹です。茜さんとはクラスメイトであり同じ部活の友達です」

「茜の友達、か」


 茜の父親は茜の方を一度見て


「茜、先に戻ってなさい」

「ですが……」

「僕は大樹君と少し話したいことがあるんだ」


 茜は不服そうな顔をして


「では大樹君。おやすみなさい」


 そう言って帰っていった。茜の姿が扉の向こうに消えてすぐに茜の父親はこちらを向き直り丁寧に頭を下げる。大樹とそれに倣い数秒後に顔を上げると茜の父親は


「自己紹介がまだだったね。僕は佐渡啓さどけい。茜の父親で薬剤師をしている」


 強烈な敵意と警戒心を大樹にぶつけたのだった。















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