第60話 クリスマスに付き合ってない男女がするべきこと

 夕方、大樹は駅前で茜を待っていた。クリスマスイブの関係か、大通りは歩行者天国となり、多くの人がごった返している。

 待ち合わせの時間にはまだ二十分ほど。しかしこの人混みだと合流することすら難しそうなので茜にRIMEで自分の周りの写真を撮って送信しておいた。


 数秒後に既読がつき


『わかりました。もう着きます』


 早くないか?大樹がそう思った瞬間、人混みから茜が出てきた。ほんのりとその表情にはやり切ったような達成感が滲んでいた。彼女は大樹を視認するとその喜色をさらに濃くして


「待ちましたか?」


 茜の姿に大樹は絶句した。目元を出しているだけではない。いついかなる時も付けていた素通しのメガネが無かった。

 つまり今まで完全には知ることのできなかった茜の素顔というのが明らかとなるのだが、どうやら茜はメガネでそんなに顔の雰囲気が変わらないタイプの人だったらしく、定番の『メガネ外したら凄かった』はなかった。


 まあ、メガネをつけていても美少女なので関係はないと思うが。


 とは言え、今まで外さなかったメガネをこの時に外したのに意味があると大樹は考える。


「うん。凄くいいと思う。メガネがないと茜の年相応の少女らしい可愛さがぐっと出てる。でもメガネあったら逆に知的な雰囲気が増して大人っぽく見えると思う」

「そのっ、あの、そんなに褒めちゃだめです……!」


 茜が俯いてプルプル震えている。もう可愛いしかない。


「茜って褒められ慣れてないの?」


 すると彼女は顔を上げる。


「実を言うと中学校の時よく褒められてました」


 これでも二年生の時は生徒会役員やっていたんですよと言った茜。意外だ。


「あの時は人前に立つの平気だったんですよねー」


 軽い口調だが明らかに辛いのは理解できた。


「茜」

「なんでしょうか?」

「今はそのことを思い出すな。確かに現在は過去の延長線上だと思うが、今日だけは切り離してて」

「……はい」


 茜は小さくこくりと頷き、それを満足そうにみた大樹は


「よし。行くか」

「ところで何するんですか?私何も聞いてないんですが」

「……」

「大樹君?」

「……何しよう」


 よく考えたらクリスマスに付き合ってもいない男女が街に出たとして何するの?

 今まで女子と付き合ったことのない大樹はそんな切実な疑問を浮かべたのだった。




「まあ、普通に歩いているだけでもいいですしね。イルミネーションとかありますし」


 と、茜にフォローをもらった大樹はとりあえず茜と一緒に歩いていた。もちろんはぐれないように手は繋いで、だ。

 よく考えたら大樹と茜が手を繋いだのはこれで四度目だったりする。

 一回目はアニマーテ帰りの逆ナン事件。

 二回目は文化祭。

 三回目はヘルファイのライブ。

 となるわけだ。

 そして、三回目はなんと茜から手を繋いできた。もう神でしかない。


 四回目は大樹から繋いだのだが、予想以上の人の多さだ。下手したらすぐはぐれてしまうだろう。

 そう思った大樹は無意識に彼女の小さな右手を握る力を強める。


「大樹君っ!?」

「ごめん。でもはぐれたらまずいだろこの人混みじゃ」


 人が多いところではネットが繋がらない事も起こりうる。そのため一度はぐれたら連絡を取ることもままならなくなり大惨事に陥る。それだけは避けたいものだ。


 正直、仮に大樹と楓哉がクリスマスに街に繰り出して遊ぶ際にはぐれたとしてもなんの問題もない。はぐれたけどまあいっかあいつならなんとかなるだろと互いに考えて再会できたらラッキー的なノリでいいのだが、茜は違う。

 いつもの野暮ったい姿の茜なら分からないが今の状態で一人きりにさせてみろ。十中八九ナンパに遭う。


 それは避けたい。だから大樹は絶対にはぐれないように茜の右手を強く握るのだった。




「すっごく綺麗ですね」

「ああ。そうだな」


 二人はクリスマスツリーを型取ったイルミネーションの前にいた。

 周囲を見渡すと仲睦まじそうなカップルがイチャイチャしながらイルミネーションを背に写真を撮っている。それか三人ほどの仲良し組がワイワイとおしゃべりを楽しんでいる姿も見受けられる。


 後者はまだしも前者に関しては公共の場で合法的にいちゃつける期間であるからか明らかここだけ空気が甘い。色をつけたら柔らかい水色とかピンクが多くなりそうだ。


「俺たちも写真撮るか」

「ふぇっ」


 茜は唐突に目線を彷徨わせて頬を染めている。さっきまで普通に手を繋いで話していたのに何があったのだろう。

 その疑問は茜本人が説明してくれた。


「その、あちらにいるのはカップルの方たちじゃないですか。もしその中に私たちが入ったらカップルと勘違いされてしまうかもしれません。それでも良いのですか?」

「いいに決まってるっしょ。それにここで俺と茜のことを知ってる人少ないだろ」


 イルミネーションの周りの人だかりに穴が開く。


「行くよ」


 大樹は茜を優しく引っ張ってイルミネーションの前に立つ。


「やっぱり綺麗ですね」


 茜はそのイルミネーションツリーを下から上まで眺めていた。その横顔は純粋に楽しそうで、大樹は慌てて写真にそれを収めるのだった。








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