第59話 クリスマスイブの早朝

「あれ、大樹君。どうしましたこんな早くに」

「それをいうなら茜もじゃないか?まだ朝の六時だぞ」


 クリスマスイブ。散歩をしようと大樹は早朝に学校までの道を往復しようかと考え、それを実行に移していたのだが、なぜか茜とエンカウントした。

 茜はピンク色のモコモコとした服を着て髪を全部下ろしている。その髪の毛が良い意味を表しているわけではないのは承知しているが、カーテンとしての機能がありそうである。


 茜は右手で髪の毛を分けてヘアピンで止めた。相変わらず素通しメガネをかけている。


「可愛い」

「っ、なっ……ありがとうございます……」


 茜の頬が赤くなり彼女はマフラーに口元を埋めた。


 最近茜が可愛くて仕方ない。その小動物のような仕草も、すぐ照れるところも、もう全てが可愛い。

 それは惚れた弱みと言ったものも少なからず含まれているだろうが、茜自身が素を大樹に対してはあまり隠そうとしなくなったことも大きい。


「コホン。失礼しました。それで、なんで私がここにいるのか、ですよね?」

「そうそう。ちなみに俺は散歩に来た」

「奇遇ですね。私も散歩中です。高校までの道を往復しようとしまして、現在復路をたどっているところです」


 どうやら行き先は一緒だったらしいが、茜の方が少し早かったらしい。寒いからと言って十分ほど外に出るのを渋った過去の自分が悔やまれる。


「俺は今から学校向かう感じだわ。じゃ、また後で」


 大樹は茜に軽く笑いかけてから茜の横を通り過ぎる。


「あの、ちょっと待ってください!」

「ん、どうした?」


 茜が大樹の方を見ながら駆け寄ってくる。そして、弱い力で大樹のパーカーの裾を掴んで


「一緒に行きませんか?」


 上目遣い。

 勝てるわけないだろ?




「茜がモコモコ系の服着てるのが意外なんだが」

「なんか昨日から急に冷え込みましたのでこんな感じの服装になってます」


 茜は平均より背が低い。本人曰く155ちょっとらしいが、そんな小柄な彼女がモコモコの服を着たらわかるだろう?もう可愛い。頭を撫でたくなる。


 そう言えば一昨日大樹に頭を撫でられた茜はしばらく呆然とした後口を聞いてくれなくなった。冬の寒さを加味したとしても耳が真っ赤だったのできっと恥ずかしかったのだと思う。


 でも今は普通に喋ってくれているので問題ない。


「今日は駅前集合でしたよね?」

「そうそう」


 今日の夕方から会うことになっているので話題は自然とそちらの方へ。


「去年は受験とかがあってクリスマスは家に引きこもってたので今年のは楽しみです」

「俺も受験頑張ったからなー」


 大樹は両親や中学の先生から秦明を勧められて受けた口である。自分で言うのもなんだが才能肌であった大樹であるが、さすがにそれでも模試で秦明の合格点を取るのには相当苦労した記憶がある。


「よく考えたら大樹君すごいですよね」

「どした?」


 アスファルトを踏んで二人は寒空の下を歩く。


「秦明で相当上位の学力を持っていて、それで運動もすごくできて、陽キャさんですし。私知ってるんですからね。大樹君が時々告白されてること」

「あらら、知られてるのか」


 文化祭が終わってから大樹は女子生徒に呼び出されて告白を受けていた。美羽を振って、その翌日から終業式までに三回ほど。一人は二年生の先輩で二人は同学年だった。関わったことのない人たちだったし、大樹は既に茜が好きだと自覚していたので振ることに躊躇はしなかった。

 でもまあ、少しは罪悪感はあるが。


「もし誰かに私と一緒にいるところ見られたらどうするんですか」


 高校が近づいてきて茜が不安そうに呟く。

 大樹は少し考えて


「別になんの問題もないじゃん」

「いやでも、大樹君みたいなキラキラとした人が私みたいなどんより系日陰女子と一緒にいるってことがバレたら大樹君的に困りませんか?」


 茜は目を伏せて大樹の靴をじっとみた。


「じゃあさ、俺がもし美羽とか皐月とかといるのが他の人に見られたらどうなると思う?」

「いつも仲の良いメンバーが遊んでいる。そう思われるだけでしょうか。もしかしたら付き合っているかもと噂されるかもしれませんね」

「それと一緒」

「一緒なわけ……」

「秦明生が見たら、『草宮大樹が誰か美少女と一緒に歩いてる。もしかしたら彼女なのかもしれない』って思われるだけだし、地域の見知らぬ人たちはそもそも関係ない。それに今の状態の茜ならほとんど気づかれない」


「だから別になんも問題はない」と大樹は軽快に笑い飛ばして、校門前についたので踵を返す。茜もそれに倣って大樹の一歩後ろを歩き、少し早歩きになって歩調が噛み合う。


「まあ別に俺は茜と仲良いってことをクラスで宣言してもなんの問題もないし堂々と茜とヘルファイの話ができるからメリットしかないんだよなあ」

「……ごめんなさい。私はできれば静かに高校生活を送りたいので」


 申し訳なさそうな声。ハッとした。茜は何も悪くないのに謝らせてしまった。大樹は慌てて手を振り茜に謝罪する。


「いや!ごめん!茜の意思をなんも考えれてなかった!さっきの話は気にしないで!」

「分かりました。でも、いつかは……」

「まあ、俺は待つからさ。時間はあと一年以上もあるんだ」

「そうですね。ありがとうございます」


 そうして彼女は柔和な笑みを浮かべたのだった。


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