第58話 教えたい場所

 早速入れた最近流行りの能力世界を身体能力だけで無双するアニメのオープニングソングを歌った大樹だがなかなかいい点数が取れず、七十五点と言った具合だった。

 少ししょんぼりした大樹に茜は


「カラオケって最初は軽い曲からいくんですよね?最初からそんな早口ラップ調の曲歌ったらそりゃそうなりますよ」


 と優しくフォローしてくれた。そうして彼女はマイクを優しく掴んで


「いきます」




「やっぱり茜歌上手いよね」

「偶然ですって」

「全曲俺より点高かったのになにを」

「ふふん」


 楽しそうに鼻を鳴らした茜はやっぱり歌が上手い。柔らかく、しっとりとした曲調のものを選んでいたからなのか、彼女の声質とマッチしており聞いている大樹も気分が良かった。


「にしても、久しぶりにカラオケに行くのもいいですね」


 カラオケ店の外に出て茜は小さく伸びをする。冬でも流石にこの時間はまだ明るい。


「そろそろお開きにするか?」


 大樹がたずねると茜は少し考えるようなそぶりをして物憂げな表情を浮かべた。


「いえ、大樹君には教えておきたい場所があるんです」

「教えておきたい場所?」


 その言葉に疑問を覚えた。『見せたい場所』とか、『思い出の場所』というのなら分かる。でも、『教えておきたい場所』というのはなんなのか。

 にしてもさっきの茜の表情。写真を撮らなかったのが勿体無いくらい美しかった。




「街からだんだん離れてるけど合ってるのか?」


 茜はずんずん進んでいく。その足に迷いはなかった。


「はい。本来なら電車で行くような場所ですが今はあいにく定期券を持ってませんので」

「あちゃー」

「電車にせよ降りてから少し歩きますけどね」

「まじでどこなんだ」

不紡山つむがずやま、です」


 この街の外れには小高い山がある。標高五十メートルほどで山といっていいのか怪しいが、不紡山と名前がついているので山なのだ。

 と、そんな山に彼女は向かっているらしい。


「いい場所なんですけど、あんまり認知されてなくて人が来ないんですよね」

「あるよなそういう穴場的な場所」

「あ、あっちは高輪東中です」


 茜は小さく指を指す。確かに看板に『市立高輪東中学校 100m』と記されている。


 ここで茜の中学時代の話を切り出しても良いだろう。でも、そうはしたくない。そんなことをしてしまえば、茜のことを不用意に傷つけてしまうことになるのだから。

 それに───────大樹の勘が告げている。茜が教えたいと言った不紡山には何かがあるはずなのだ。少なくとも今の茜を形成するにあたった理由が、なにか。


「少し登山しましょう」

「了解」


 茜は目の前にある草がぼうぼうに生えた古い道に足を踏み入れた。それに大樹も着いていくのだった。


 山登りを始めて二十分ほど。大樹と茜はその山の頂上に辿り着いていた。十分で上り切れるのだからやはりかなり規模の小さい山だと思った。

 その平坦な頂上には半径十メートルほどの円形の池があり、その脇には一本大きな木が生えている。蕾もなんもないためなんの木かはわからない。


「すごいですよね。こんな小さな山にもこんなに綺麗な池があるんですよ」


 茜はその水鏡に顔を映して、髪の毛を全部下ろした。


 そして大樹を振り返る。


「大樹君」

「どうした?」

「この場所を教えたいと言った理由を、知りたいですか?」

「茜が無理しないなら」

「なんで私が無理するって……」


 茜は驚いたように大樹を見る。大樹は池の水面に目を向けて


「俺は茜のことをちゃんと見てるつもりだから」

「そう、ですか」


 大樹は顔を上げる。茜は少し微笑んでいた。そして


「ここは、私がこの高校を受けようと決心した場所だったんです」


 そして茜はおどけたように肩をすくめて


「知ってましたか、私、今でこそ学年三位とか取ってますけど中三の一学期までは頭こそ良かったもののそんなレベルじゃなかったんですよ。秦明に受かるか落ちるかとか、そんなレベルだったんです」


 その情報は初耳だった。ただ、大樹の精神は激しく揺すられていた。


(確定かよ)


 まだ早とちりな可能性は否定できないが、ここまで状況証拠がそろえばもはや頷かざるを得なくなる。


「当時辛いことがありまして。悩んで悩んで、何かが吹っ切れたんでしょうね。ここに来た時にふと秦明に受かってやろうと思ったんです」


 大樹の推測はだんだんと結びつき、像が現れる。


(茜は中学三年の時、恋愛関係で大規模ないじめに遭った。それに悩み続けた結果がいまの佐渡茜という少女なら、俺は……どうすれば良い?)


「大樹君?どうしましたか?そんなに呆然として」


 茜が大樹に近寄り、心配そうに見上げる。


(どうすれば良いって。当たり前だろ)


 完全に彼女を救うことは今はできない。大樹がどう動いたところで、茜自身がその苦しみを吐き出さないといけない。

 なら、吐き出しやすいように手助けをしよう。


 大樹はそっと茜の頭に手を置いた。そしておいた左手で茜の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 茜は体を小刻みに震わせる。


「ななななにを!」

「茜の頭って撫でやすいよね」

「どういう意味ですかそれ!」

「まあまあ、大人しく撫でられておいて。気分楽になるよ」

「……では、そうします」




 二ヶ月後、大樹は再びこの場所を訪れることになる。全ての覚悟を決めて───────







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