第57話 カラオケで二人
十二月二十二日、大樹はカフェにいた。机を挟んで反対側にいるのはヘアピンで前髪を止めた素通しメガネの少女、佐渡茜である。
茜と距離を詰めるという名目の元、クリスマスだけでなく他のタイミングも作っておこうと今朝考えた大樹は駅前のカフェチェーンに茜を誘ったのだ。
誘ったのは『文芸部の新入生歓迎会の相談』という名目であり実際の理由でもある。茜にとっては新入部員を手に入れるために必要であり、大樹にとっては茜と話すことができるのでWIN-WINな状態というわけだ。
「台本ですね。では、文芸部の良さを語っていきましょうか」
茜はルーズリーフを取り出してメモを取る構えをする。
そして大樹はしばらく考え込んで
「部員同士の仲が良い」
「私たちだけですもんね」
「趣味を認め合える」
「それありです」
「二年生に可愛い先輩がいる」
「二年生?先輩なんていませんよ?」
茜は疑問を浮かべ、大樹は説明が足りなかったことに気がつき補足する。
「あ、新入生が来るのは来年。そしたら俺と茜は二年生。彼らにとって二年生の先輩はいることになるだろ?」
「それもそう……え、じゃあ、可愛い先輩って……」
「茜のこと」
「うあっ」
茜はびっくりしたのか机からひじが落ち、そのままの勢いで体勢を崩す。さすがにテーブル越しで支えられるほど大樹の腕は長くない。できたのはコーヒーがこぼれたいように咄嗟に持ち手を掴むことだけ。
「いたたた……」
「大丈夫?」
「ちょっと動揺しました。すみません」
「なんで?」
「……分かって言ってますよね」
茜にジトっとした目を向けられた。
「茜が可愛いって言われ慣れてなくて今言われたのの衝撃が強すぎてびっくりしたんだよね」
「わ!みなまで言わなくて良いんです!」
慌てて身を乗り出した茜は大声を出したことにより周囲の視線を集め、周りを見渡した彼女は小さく「すみません……」と消え入りそうな声で呟きしばらく頭を抱えたのだった。
「カラオケ行こう」
「唐突ですね。別に良いですけど」
カフェを出た後、通りを見渡した大樹は隣でキョロキョロ辺りを見渡している茜に前々から考えていた提案をした。
「この近くのカラオケだと……あそこか。ついてきて」
「はい」
大通りには人が多く、立ち並ぶ店のショーウィンドウにはどこもかしこもクリスマスにあやかろうとしているのかそれっぽい飾り付けがされている。
大樹が今から向かおうとしている場所はここから徒歩十分くらいであり、それまで話すことがないため黙っていると、茜が話しかけてきた。
「クラスチャットで見ましたけど、忘年会やるんですよね」
「そのつもり」
「大樹君は行きますよね。美羽さんも」
「美羽に聞いたら行くってよ」
とかなりそういったイベントごとが大好きな美羽のことだ。クラスチャットに放り真っ先に参加を表明したのも美羽である。
「私も行っていいですか?」
「良いよ。今日中にクラスチャットで俺のメッセージの投票箱に入れとけばいいから」
「分かりました」
大樹と茜はカラオケに着いた。少し混んでいるので二人は壁際に寄った。
「ここってあれですよね。九月くらいに行った場所ですよね」
「そうそう。あれで茜がヘルファイの曲歌ってさ」
「前も言いましたけどあのお陰で大樹君と仲良くなれたと言っても過言ではないです。もし私があれで無難な曲を歌ってたら大樹君が話しかけてくることもなかったですし」
確かにそれはヘルファイのライブを茜と見にいった時の夜に聞いた話。
ただ、少し違うのかもしれないと大樹は考えていた。
「ん、いや、どうなんだろ」
「どういう意味ですか?」
茜の疑問に大樹は答える。
「なんだかんだで俺は茜と仲良くなってた気がする」
「どうしてですか?」
「俺はできるだけみんなと仲良くしたい人だからさ、多分どっかで茜の琴線に触れる話題でも見つけてたんじゃない?」
「そんな確証どこにも……」
「ないけどさ。まあ別に良いじゃん。俺は結構茜といるの楽しいし茜も多分そうでしょ?」
「それは……そうですね」
少ししんみりとした空気が二人の間に流れる。
「まあまあ、そのことはもう過ぎたことだし?今を楽しもう!」
「呑気ですね」
「楽観主義者だからしゃーない」
そろそろ受付ができるだろうと大樹はカウンターに向かうのであった。
「どうしたの茜」
「……いえ、なんでもないです」
茜と一緒にカラオケルームに入り荷物を置く。すると茜の様子がおかしい。部屋の隅っこに座りもじもじとしている。
なんでもないようには見えないので一応追及してみる。
「いやなんか雰囲気が絶対どうかした時のやつじゃん」
「そ、その」
「うん」
「男の人と二人っきりで密室に居た経験がないので緊張しています……」
「いやあるじゃん」
茜の家に泊まったことがあるのだ。そのことを忘れているらしい茜にそれを指摘すると
「あ、あれ?確かにありましたね」
ほんのりと頬を染めて俯いた。
「まあ、確かにカラオケで二人っきりで緊張するのは少しわかるかもしれん」
大樹はデンモクを取って曲を入力し始めたのだった。
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