一年の終わり

第56話 クリスマスの予定

 地獄を見る?一体どういう意味だ?推測すれば茜が野暮ったい見た目になったのは中学時代のいじめがきっかけだろう。


「なぁ、美羽は、どこまで知ってるんだ?」


 大樹は美羽を真剣に見つめた。美羽は少しだけ目を伏せて


「分からない」

「どういうことだ?」

「尾ひれが付きすぎて本来の姿が分からないんだよ」

「ならその部分だけでも……」

「ダメだよ。伝えたら絶対タジュは茜ちゃんを本気で救おうとする。分かってるんだよ。タジュならそうするって。でも、そうしたらタジュも、茜ちゃんも地獄を見る」


 だからタジュは茜ちゃんと深く関わっちゃダメなんだよ。と美羽は念を押すように告げる。

 大樹はしばらく黙り込んだ。そして、大樹は美羽をじっと見る。


「俺は……、茜を救う。そう決めたから」


 それに、と大樹は続ける。


「じゃないと美羽にも失礼になるだろ?」


 美羽は少し複雑そうに顔を歪めて、直後に、やれやれとため息をつきながら首を振り、その後に少し呆れたような、それでいて信頼を込めた笑顔を浮かべて


「そっか、タジュ。頑張ってね」




 それからは他愛のない話をしてたどり着いた駅前。美羽はこの駅から電車に乗って帰宅する。


「じゃあまた今度!」

「おっけー」


 そうして美羽はホームに消えていった。

 大樹は美羽が完全に見えなくなってから踵を返して


「意味わかんねえよほんとに……」


 頭を抑えて吐き出したのだった。


 ───────


 冬休みに入ったら何があるのか。そう。クリスマスである。

 あのヘタレメガネこと楓哉は皐月を誘ったそうで、どうやらそれは無事成功したらしく先日RIMEでそれを知らせてきた。

 いつメン四人で集まろうと専用のグループチャットで伝えたところ、個別に返信が来た。

 皐月は『ごめんなさい。先約があるのよ』、楓哉は『良いけど、皐月と二人きりが良いな』、美羽は『あたしは家族でパーティーだから茜ちゃんと過ごしなさい』、とのことだった。

 文脈から多分皐月と楓哉は一緒に過ごすことになってるだろうし、美羽は家族でクリスマス。


「茜誘うかあ」


 いや、そりゃ茜といたいよ?でもクリスマスに誘うって明らか相手を意識してるって相手にも知らせることになるじゃん?


「でも仕方ないか」


 大樹はベッドからスマホを取り上げてRIMEを起動する。そして上から五個目にあった茜のアドレスを開く。そこで一つの選択を迫られた。


(電話にするべきかチャットにするべきか……)


 少し考えて大樹は電話のマークに触れて、『音声通話』を選択する。

 数秒の沈黙。


『もしもし?どうしましたか?』


 女子にしては少し低く、涼やかな声。ただそれでも二ヶ月前とは大きく違い、大樹を信頼しているのか柔らかい印象を受ける。


「茜ってクリスマス何か予定ある?」

『ありませんよ。冬休み中入っている予定はお正月だけです』

「じゃあさ……」


 なかなかに言いづらいものだ。茜に限ってないとは思うがもし引かれたら大樹はしばらく寝込む予定である。

 ただ、言わないと先に進めない。それは常識である。果報は寝て待てというが、もし掴みたい果報があるなら自分から掴みにいかねばならない。

 大樹は小さく覚悟を決めた。


「クリスマスイブ、会える?」

『…………』

「あの、茜さん……?」

『……分かりました。会いましょう』


 そして、電話が切られる。





「あわわわわわわわ」

「茜?どうしたの?」


 私はなんとか冷静に大樹君との電話を終えてリビングまで歩き、ソファに崩れ落ちました。テレビを見ていたお母さんはそんな私の奇行を見て心配の目線を向けてきます。


「大樹君に……」

「なに?振られちゃった?……やっぱり今のナシ。えーっと、大樹君と付き合うことになった?」


 一度言い直してくれたお母さんに感謝しつつも私はスマホの真っ暗な画面を見てため息を吐きます。


「……違います」

「じゃあどうしたのさ」

「クリスマスに会わないかって、言われました」

「もしかしたら大樹君は茜のこと好きなのかもしれないね」

「そんなわけないでしょう。大樹君すっごく優しいんですよ。クリぼっちが確定している私に助け舟をくれたのでしょう」


 ネガティブ化した私にお母さんは嘆息し


「それでも誘ってくれたことは事実なんでしょ?」

「そうですよね……」

「茜もなんだかんだで嬉しいんじゃないの?」

「……はい」


 顔に思い切り熱が集まっているのがわかります。手頃なクッションを掴んで顔に押し付けずっとうあうあ唸り続けている私にお母さんは


「青春、楽しみなさいよ。中学校の分も合わせて」

「……分かってます」




 茜との電話を終えて一時間後、電話がかかって来た。


「皐月?何の用だろ」


 大樹の記憶が正しければ皐月が電話をかけてきたことは一度もない。

 そのためなぜかけて来たのかが分からない。しかし話を聞かないことには始まらないので大樹は画面をスワイプして応答する。


『ああ、もしもし大樹?』

「もしもし。皐月が電話って珍しいな」

『大樹は忘年会に興味ない?』

「やるのか?」

『まだ確定してないけど、来週中には完全に予定を決めるつもりよ』

「俺は別に基本空いてる……いや、イブは埋まってたな」

『あら、広く浅くの大樹がクリスマスイブを誰かと過ごすなんて。美羽からはそんな話聞いてないから佐渡さんでしょうね』

「そうだ」

『それで、忘年会の話よ。クラスメイトをできるだけかき集めてちょうだい。楓哉も美羽も手伝ってくれるらしいわ』

「はいはい分かりましたよ」


 大樹は電話を切り


「これって別にクラスチャットに投げたら良かったんじゃね?」


 なぜ皐月はわざわざ電話をかけてきたのだろうかと疑問に思い


(皐月SNS苦手そうだから気づかなかったのか)


 と、勝手に納得したのであった。

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