第一章最終話 自覚

 恋心からくるものとは知らなかったが、途中からうっすらとだが勘づいていた。いつメンの中でも楓哉や皐月に対する態度と大樹に対する態度の違い。


 自身のことを積極的に異性だと認識させようとしてくる行動。


 些細なことでも好きと言ってくること。


 それに、自意識過剰と思われるかも知れないが、入試の日、大樹は見ず知らずの美羽に恩を売った記憶がある。


 それらのピースを組めば、自ずと浮かび上がってきた結論だったのだ。


(しかし、俺は気づかないふりをした。見ないように、意識した)


 なぜ?と自問し、すぐに答える。


(いつメンたちと過ごす日々が楽しくて、これが壊れてほしくなかったんだ)


 我ながらアホだ。


 大樹は美羽に向き直る。美羽は切なげな微笑を浮かべた。


「いっつもキミのことを見てて思うの。なんでこんなに人に優しいんだろうとか、いつも楽しそうにしてるなとか。入試の時にあたしのことを助けてくれたキミがそのまま好きになったんだ」


 だからさ、と美羽は続けて告げた。


「あたしと、付き合ってくれないかな?」


(どうしたら良い?美羽は凄く魅力的な女子だし、一緒にいても楽しいだろう。今まで告白してきた俺の上面だけを見ている女子たちとは全然違う。家族を抜いた女子の中できっと一二を争うレベルで俺という人間の本質を理解している。なら、俺が答えるべきは……)


 承認。首を縦に振ればいいのだ。

 しかし、大樹の首は動かなかった。

 思考の半分は既にOKを出しているが、その大樹の思考の深い部分がその選択を拒絶している。


(くっそ!どういうことだよ!なんでだ?俺は美羽のこと好きじゃないのか?)


 そのことはすぐに否定される。


(そんなはずはない。美羽は好きだ。美羽も、皐月も、楓哉も……)


「あ」


 そうして、気がついた。


(そうだ。俺からしたら美羽はまだ友達なんだ。恋愛感情は持っていない、ただの友達)


 それでも未だに矛盾が残っている。


(別に友達でも、恋愛感情がなくても付き合ったら良いんじゃないのか?)


 大樹の思考は脈々と深いところまで進んでいく。


 その矛盾の正体を暴かなければきっと美羽を、そして大樹自身を傷つけるという確信があった。


(俺が美羽を受け入れられない理由。そんなもの、あるのか?)


 美羽と過ごした思い出を振り返っていく大樹だが、そんなものは見つからず自分自身に対して苛立ちが募ってくる。


 無意識だった。大樹の目線がそちらに行き、そして、釘付けになる。


 ホワイトボードに丸い字で『文芸部』と書かれている。


 瞬間ぶわっ、と。頭の中で今まで全く考慮してなかった可能性が湧いた。


 そして、先ほど無意識のうちに大樹のことを理解している女子で一位ではなく、一二を争う、と思考した訳を理解した。




 佐渡茜。隣の席になった地味系女子。

 でも同じ話ができるって分かって嬉しかったのを覚えている。


 初めて素顔を見た時はびっくりした。なかなか表情を見せない彼女が笑った時にもどきっとしたっけ。


 初めはただのギャップ萌えだとたかを括っていたが、理解しててなお茜は可愛かった。


 趣味、ヘルファイの話になると急にイキイキと話しだすところも見ていて楽しかった。


 そして、どこか影を抱えた彼女を救いたいと願っていた。

 それは……きっと大樹自身の打算的なもの。

 草宮大樹が自分に課した枷。


(ああ、そういうことか)


 大樹は納得し、意識を現実へと持ってきた。まずは伝えないといけないだろう。


「ごめん。俺は、美羽とは、付き合えない」

「……どうして」

「さっきは嘘ついてごめん。今気がついた。好きな人が、いるんだ」

「ふっ。そっか」


 誰とは言わない。それは美羽だって理解しているだろうから。美羽は文芸部室の扉をしばらく眺めた後、両の腕を後ろに組んで


「あーあ。振られちゃった。あたしの方が関わり長かったはずなのになー」


 軽い口調でそう呟く。


「ねえ、草宮」


 恋人は断ったが、大樹にとって彼女は大事な親友であることに違いはないから。


「タジュでいい」

「わかった。タジュ」


 美羽は少しばかり輝きを増した瞳で


「前も言ったと思うけど、応援するよ。でも」


 そして彼女は続ける。


「もし振られちゃったら教えてよ。その時はあたしが貰ってあげるからさ」


 そう、悪戯げに笑顔を浮かべたのだった。




 その日の夜。あたしはベッドに突っ伏していた。枕をしばらく濡らし、お母さんには先ほど慰めの言葉をもらった。


「知ってた。知ってたけど、辛いね……」


 これで茜ちゃんとかタジュに恨みを抱くのは的外れもいいところなのでしないが、内心そうしたい気持ちが暴れている。

 でもあのタジュの表情は決意を固めた人のそれで、迂闊に踏み込んではいけないものだとすぐに理解した。


 あたしはタジュも茜ちゃんも好きだから(もちろん茜ちゃんはlikeの方だが)、二人には是非とも幸せになってもらいたい。


 最近気づいたけどあたしってもしかしたらカプ厨なのかもしれない。楓哉と皐月のカップリングも外せない。


「新しい白馬の王子様募集してまーす……」


 そう枕の中でぼやいたあたしは再び出そうになった涙を惜しみなく流すのだった。




 第一章【完】


 第二章スタートまで少々お待ちください



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