第24話 居酒屋クレープ2年6組
「二名さまはいりましたー!!!」
「らっしゃっせー!!!」
なぜかすごく居酒屋チックな挨拶をされた大樹と茜はその教室、二年六組に入った。
中には白い縄を頭に巻いた男子生徒や頭にずきんのような物を被った女子生徒がいた。
マジの居酒屋じゃん。大樹は入る教室を間違えたと考え踵を返したが
「クレープ二つ、お待ちどぉっ!」
どうやらちゃんとクレープだったらしく、それを受け取った男子生徒は嬉しそうに両手にクレープを持って立ち去った。
大樹は困惑しながらも教室奥に向かい、そこに居た男子生徒に注文を伝えた。
「クレープ二つお願いします」
「クレープ二つ入りやした!!!」
見た目と扱っている商品のミスマッチに大樹は我慢できずに尋ねた。すると
「これこそ我らの店!居酒屋クレープだ!!!」
いや、そのまんまじゃん。
数分ほど待ち、お金(三百円円)を支払ったのちに二つのクレープを持ってなぜか廊下でフリーズしている茜に手渡す。
突き出されたそれを条件反射的に受け取った茜はしばらく目をぱちくりさせた後、ポケットから財布を取り出そうとした。
「いや、いい」
実際、茜としてはきっと1人で自由に回るはずだった文化祭に無理を言って同行させてもらっているのだ。
それに、今まで使わずに溜め込んだお小遣いから考えても百五十円程度、痛くも痒くもない。
しかし、そんなことをそのまま言ってしまってはなんだこいつというものだろうから、少し微笑みを浮かべて
「まあ、日頃の感謝?遠慮なく受け取って」
「ありがとうございます……」
そう言って茜はクレープを口に含む。その小さな口がクレープの薄皮を巻き込みクリームを食む。
そして頬を少し緩めて目を優しく細める。
(やば、髪上げてメガネ外すだけでこうなるのかよ……)
周りの男子生徒も茜の姿をチラチラと見てコソコソと話し合っている。
彼らに少し冷めた視線を送った後大樹もクレープを口に含んだ。
(なんだっけ、ルグズナムだったか)
それはクレープに対する大樹の感想であった。
部室に向かいたい。茜の提案で大樹は旧校舎一階、文芸部室に向かうべく渡り廊下を歩いていた。
フェンスから顔を覗かせると目下には多くの生徒や来校者の人々が入り乱れて文化祭は盛況していた。
「皆さん楽しそうですね」
「まあ、年に一度の行事だからみんな興奮してるのもあるんじゃないか?」
「そういう大樹君はどうなんですか」
「無論、めっちゃ楽しい」
しばらく経っても返事が帰ってこないので大樹は尋ねた。
「茜は?」
彼女は目を閉じてしばらく考えた後に
「すごく、楽しいです」
はにかんだような笑みを漏らす茜に大樹も破顔しよかったと呟いたのであった。
「やっぱりあんまり人気ないですね」
『文芸部部誌、ご自由にお取りください』と書かれた壁に吊るされたホワイトボードの横には机に載った大量の冊子が。
そもそも旧校舎は物置と文芸部、パソコン部しかなく、そのパソコン部は体育館でどっかの時間を使って映像作品を発表するとかなんとか。
そのため文化祭でこの旧校舎を訪れるのは文芸部に興味があるものだけで、要するにほとんどいない。
文化部一の日陰部。周囲の文芸部に対する評価はこんなものだろう。趣味に溢れた現代でわざわざ本を選び、それをこよなく愛する者は少ないのだ。
大樹は冊子を一冊取り、パラパラとめくる。
「これ、茜が書いたの?」
「はい。大体三万文字で部員が居ないので独占かつ連載が可能なのです」
自虐するかのように茜は冊子を取り、表紙にある目次を見せてくる。
『哀しき唄 第七島』
なんかタイトルがすでに重い。それより気になったのが、
「第七島ってどういう意味?」
「佐渡島です」
「第七島=佐渡島?」
多分佐渡茜だから佐渡島なのだろうが、それが第七島になる所以が分からない。
すると、茜は、
「神話でイザナギ神とイザナミ神が産んだ八つの島、その七番目が佐渡島だと言われているそうです。だから第七島ってことにしてます」
と、非常に明瞭で分かりやすい説明をしてくれた。
まあ、このペンネームを決めたの2週間前ですけど。と苦笑していた。
「これ、読んでもいい?」
大樹は冊子をカバンに入れながら尋ねた。
「はい。拙文で読みにくいところも多いと思いますが……」
「プロじゃないし気にしなくても良いと思うよ」
「それもそうですね」
そうして大樹と茜は旧校舎を後にした。
どんな時も問題事は突然やってくる。
旧校舎から戻ろうと渡り廊下を歩いており、ふと再び気になったのでフェンスから覗き込み、
「おわっ」
すぐに一歩退いた。突然の行動に茜はびっくりしたのか大樹を見ながら訝しげにしている。
今、完全に今一番出会っちゃいけない人物と目があった。
確かに来るとは言っていた。だが、こんなに早くエンカウントするとは思っていない。
「どうかしましたか?」
「今、母さんと目が合った」
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