第25話 草宮家の生態

 そう。それだけのこと。なんら問題はない。

 ただ母さんがこっちに来て数言話したら再び別行動。

 もし、大樹が楓哉などの男友達やいつメンでいたならの話。

 しかし……


「茜。少し移動しよう」


 旧校舎に戻っても良いが、文化祭を楽しむことはできない。なら、校舎に戻ってなにかしら楽しめばいいだろう。


「え、どういう……!」

「手握るけどごめんな」


 大樹は茜の手を半ば強引に取り、急かすように歩いて行く。


 そうして、渡り廊下を渡り終えようとしたところ


「大樹ー。遊びに来た、お!?」


 侑芽華は目ざとく大樹と茜の手が繋がっているのを見て「まあ」と言うかのように口元を抑えた。


「ちょっと母さん邪……兄さん」


 縁は侑芽華の横から現れて、


「ご愁傷様です」


 ぺこりと頭を下げた。おいなんとかしてくれ。


「ああ、母さんに縁、こんなところで会うなんて奇遇だなー」

「ええ!そうね!でもちょっと申し訳ないことしたわ!彼女とか居ないって聞いてたからこんなに可愛い子が居たって知ってたら来なかったのに!」

「ああそうか。じゃあ帰ってくれ」

「連れない子ねー。まあ大樹は良いわ。そこのお嬢さん?」


 そのキラキラと輝く2つの矛先が茜に向き


「お名前はなんていうの!」


 疾風の突きが放たれる。


「さ、さど、あかね、です……」


 小さく萎縮するような様子で告げた茜に侑芽華のテンションは上がる。


「貴方がこの前大樹とアニマーテに行ってくれた佐渡さん?」

「あ、えっと、はい」

「その節は息子がお世話になりました!」

「あの、いえ、私も楽しかったので……」

「それは嬉しいわね。なんで大樹もこんな良い子がいるのに教えてくれなかったのやら」

「あのな。伝えたら母さん今みたいに暴走しただろ」


 遂にプルプル震えだした茜を心配するような視線を向けた侑芽華が大樹の肩を指先で軽く突き


「あんな可愛い子だったのね。大樹の彼女さん」

「付き合ってないが?」

「またまたー。とぼけちゃってー」

「いや、だから付き合っ───────」


 そこで侑芽華は縁の方を振り返り


「さあ、縁。行くわよ。これ以上大樹の邪魔は茜ちゃんに失礼よ」

「母さんが勝手に突撃しただけな気がするんだけど……」




 二人は校舎の人混みに紛れていった。

 大樹はため息をつき隣で少し小さくなっている茜に真っ先に謝罪した。


「ごめんな。なんかうちの母親が」


 頭を45度。足からの力を満遍なく伝える。

 空手で培った体幹を活かした謝罪。


「い、いえ。私は特に何も実害はないのでそんなに気に病むことはないですよ」


 それに、と茜は続け


「凄く楽しそうなご家族で、これなら確かに大樹君の性格も頷けます」

「そうだろ?草宮家は基本的に賑やかなんだよな。父さんはフィンランドに単身赴任してるけど時折帰ってきてそしたらもうカオス。気づけば家が風船で埋め尽くされてる」

「お父さん何者なんですか……」


 絶句したような茜だが、間違ったことは言ってない。もう四十を超えたおじさんだがなんというか、趣味が子供っぽい。

 夏になれば川で水鉄砲、秋にはカボチャをくりぬきジャックオランタン。冬は公園で雪合戦。

 そんな律基だから時折帰ってくると風船を大量に携えており二時間ほどするとリビングには大量の風船が転がっている。


 故に、どちらかといえばクールな印象を持つ縁は突然変異なのではないのかと親戚の集まりでたまに話題になる。


 確かに茜の言う通り大樹の性格は両親譲りのものが大きく、様々な人に好かれやすい性格をしていると自他共に認めている。




「じゃあ今からシフトあるから」


 大樹は腕時計を見遣って茜にそう告げた。大樹のクラスの出し物、プラネタリウムの受付を担当するタイムテーブルからしてあと二十分ほどで大樹の出番がやってくる。


「私は待っていれば良いでしょうか?」

「いや、好きにしてていいよ」

「分かりました。また時間になったら教室前に居ますね」

「ありがと」


 そう言って大樹は教室に向けて歩みを進めるのだった。




「じゃあ頼んだよー」

「任せな」


 大樹は薄暗い教室に入り、受付を担当していた女子生徒に話しかけて時間が来たことを伝えた。

 大樹は机を二つ並べた受付テーブルに向かい、椅子に座る。


「ねえ、ここプラネタリウムだって!」

「あれでしょ?美羽ちゃんが解説担当してくれてるらしいよ!」

「えー!美羽ってあの柊木さんだよね。あの子の声めっちゃ好きなんだけど!」

「「いくぞー!」」


 女子達の賑やかな声がして教室に2人組が入ってくる。


「いらっしゃいませー」


 大樹は椅子に座ってその二人にプラネタリウムの説明をする。


「次回の上映は三分後になりますので今しばらくお待ちください」

「はーい」

「それでは、お代は二百円になります」


 そうして四百円を受け取った大樹は席番が書かれたプレートを手渡す。

 彼女たちは教室の端にできている列に並ぶ。


 それを何度か繰り返しているとドームから人が出てきて、その列が一気に消化される。


 よくよく考えたらプラネタリウムという出し物は売り上げはともかく利益率は最強なのではないのかと思い始めた。

 そりゃあ元手はかかるが、それだけであり、一人二百円の代金なら意外と元は取れるのだ。




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