第23話 ある一つの葛藤

「え、茜?」


 その少女は一言で言えば小柄な清楚系の美少女であった。

 きめ細やかな肌、紫がかった黒曜石の目。真っ黒な髪は漆のような光沢を持ち、肩のあたりで揃えられている。


 その小さい顔の中に完璧なバランスで置かれた口や鼻、左目の下の泣きぼくろもこの少女の良さを引き立てていた。

 しばらくじっと見つめていたのだろう。その少女は顔を背けて、


「そ、その。私は佐渡茜ですので、そこまで見つめないでいただけると……」


 どうやら中身は変わっていないらしい。というかこれで性格も変わっていたら別人を疑う。


 確かにいつもの状態でも茜に美少女の片鱗は見えていた。

 しかし、これほどとは……


 しかし一つ違和感があった。


「なんか肌艶良すぎない?」


 こういうのを考えるのも失礼かもしれないが、茜の肌は少しカサカサだった気がする。頬とか口元はわかりやすかった。


 茜はちょっと自慢げに微笑み


「アニマーテの後から頑張ったんです」


 あの女の人たちに言われてしまいましたからね。と続けて、そのことかと合点がいく。

 それに少し対抗意識を持ったらしい。


 誰もまだ茜には注目していない。流石に正門前は人の目に映らないのだろう。


「まあ、なんだ。文化祭始まってるし、行こうか」

「……はい」


 大樹と茜は文化祭の人混みに歩を進めた。




「おい、なんだあの女の子!」

「ちょっとオレ声かけてこよっかな」

「でも彼氏らしきやつもいるぞ」

「あれ草宮じゃね?」

「えー草宮彼女いたのか!まじか。知らんかった」

「でもあの制服うちの高校だよな」

「確かに。あんな可愛い子いたっけ」


 普通に歩いているだけなのだが注目の集め具合がすごい。


「こんなに注目されるとは思ってなかったです……」


 蚊の鳴くより小さな声で弱々しく呟き、大樹の横を体を縮めて歩いている少女に苦笑しつつも


「まあ、悪い印象は与えてないし良いんじゃない?」


 そしていい感じの屋台を指差して


「まあなんか買ってみるか」

「それなら私、クレープを食べたいのです」

「ああ、オッケー。クレープどこだったけな」


 大樹はパンフレットを開けてクレープをやっているところを探す。

 数秒ほど探し、見つけたのでパンフレットをポケットにしまい


「こっちだってさ」


 そうして先導を始まるのだった。




「なあ、草宮。お前彼女いたんだな!」


 クレープをやっているクラスは校舎内だったので校舎に入ったところすぐに絡まれた。

 こう言ったやつはめんどくさいのでさっと、


「付き合ってない」


 最低限の情報を伝えておいた。


「ならさ、その子のこと僕に紹介して!同じ高校の子でしょ?僕今まで可愛い子は全員リスト化してるけどこんな子見たことないよ!」


 あコイツやばいやつだ。

 顔は良いのに残念だ。


「あ、あの、大樹君……」


 茜は不安そうに目を泳がせている。


「やだ」

「どうしてさ。付き合ってないんでしょ」

「生憎、宝物は見せびらかすより独り占めするタチだからな」

「草宮。お前、見直したよ……」


 なぜか感激の眼差しで見てくる彼に大樹は呆れたようなため息をつき、


「お前はまずその可愛い子リストなるものをやめろ」


 そう。このやばいやつに見直されても嬉しくなどないのだ。

 しかし、この男、そう簡単に引き下がらない。最後に懇願するように手を組み、


「草宮可愛い子と仲良いでしょ?一人ぐらい紹介しても「断る」」


 大樹はきっぱりと言い切り、


「安心しろ。お前はそのリストをやめたら絶対モテる」

「はぁーい」


 気の抜けたような声で立ち去る彼だった。

 まあ、これは彼の名誉のために黙っておこうと思うが、途中から通り過ぎる女子の彼をみる目がひどく冷淡なものだと記しておく。


 大樹はふと思い出し茜に声をかける。


「ああ、ごめんな。ちょっとやばいやつだが根はきっと多分いいやつ、のはずなんだ、と思う」

「全然信頼してませんね」

「まあ、中学一緒だったから分かるけどアレの女癖は終わってたな」


 三日で彼女が変わったと聞いた時は呆れを通り越して皆尊敬の目で彼を見ていたレベルだ。


「ところで、先ほどの宝物とは……」

「茜のことに決まってるじゃん」

「文脈からなんとなく予想はしてましたが……少し、照れくさいです」


 大樹はさっきの自分の発言を後悔した。髪を下ろした状態でも茜のリアクションは可愛らしかったし、照れた時は普通に可愛かった。


 しかし、この状態の茜が照れた。


 紅潮した頬と口元を隠すように手をやり、俯きがちになりながらも上目遣いで大樹を見て耐えられなくなったのか逸らす。


 その光景に網膜を焼き尽くされた大樹は急上昇した体温と心拍を誤魔化すように、


「そ、そのだな!?確かに茜は大事。でも、俺にとっての宝物っていうのは楓哉も美羽も皐月も家族も含んでるから!」


 確かに特別だ。しかし、固有の特別ではなく、特別親しいだけだ。




 ただ仮に────。大樹は考える。

 もしこれが人生初めてのその感情だとしたら。

 それは美羽や皐月の仕草にドキッとさせられた時も考えた。いくら異性同性分け隔てなく接しているとはいえあの二人の美少女と仲が良ければ数度異性と認識したこともある。

 その時は違うと答えが出た。今回もそうだろう。

 しかし、その思考は進んでいく。


(俺は、草宮大樹は……)

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