第22話 殻を破ろうとする1歩前

「明日見に行けるよ」


 侑芽華が部屋に入ってきて一言。大樹はペンをノートの上に置き体をそちらに向ける。


「明日ね」

「なに?なんか困ることでもあるの?」


 言い淀んだ大樹。それにすかさず質問する侑芽華。


「いや、特に」

「ふーん。まあ良いけど」


 そう言って部屋から出ていった侑芽華だが、今度はその隣室をノックする。


「お母さん?どうしたの?」


 縁のくぐもった声がする。


「明日って縁中間テストでしょ?」

「うん。今回もいつものように満点掻っ攫うぜ!」


 ちなみにだが縁は中学校のテストで今まで落とした点の総数が五点以内というとんでも成績を残している。


「それはすごいんだけど、昼から休みよね?」

「うん。そうだけど」

「大樹の高校の文化祭、見に行かない?」

「え?いけるの?」


 そして今度は大樹の方に顔を覗かせ


「招待って何人までできるの?」


 その言葉を聞き流しながら大樹はカバンから一枚の書類を取り出す。それを侑芽華に突き出しながら、


「これに名前と紹介者名書いたらいける」

「ありがとー」




「さて、さっさと寝るか」


 明日は茜と回るのだ。大樹は楽しみで寝られない小学生のような状態にならないようすぐにベッドに入るのだった。




 私、佐渡茜はお母さんにびっくりされていました。


「え、ほんとにいいの?」

「はい。私も変わらないといけないので」


 そう告げたところ、お母さんが涙を流し始めました。


「お母さん!?」

「いや、でも、やっと茜が……」


 お母さんの涙は理解できます。一年前のからずっと閉じこもっていた私がその象徴を一日でも無くして登校するというのですから。


 きっと、それ以降は無理でしょう。明後日からはいつもの無口で野暮ったい佐渡茜に戻ります。

 でも、明日だけは……




「お、珍しい」


 大樹は教室でソワソワしている楓哉を見て一言。


「コンタクトにしてみたんだけどどうかな。似合ってると良いけど」

「安心しろ。お前は多分何つけても似合う」


 イケメンの特権というやつだ。多分こいつはピエロの仮面をつけても似合う。

というか、コンタクトのおかげで今までメガネで見えなかった素顔が露わになり楓哉のイケメンレベルが限界突破している。


 周りの女子も珍しい楓哉の格好に憧憬の眼差しを向けている。




 時刻は八時半。九時から文化祭がスタートする。

 大樹のクラスはプラネタリウムを行うためシフトはすごく楽。

 必要なのは受付にひとりと機材担当を1人。文化祭は午後4時まで行われるので二日間で単純に一人四十分程度。

 故に、基本は文化祭を自由に回りっぱなしというわけだ。




 五十分を過ぎた頃、クラスメイトのほとんどは既に教室にいてワイワイと話している。


「ねえ、楓哉、最初はどこいきましょう」

「うーん。そうだね。皐月が行きたいところで」


 おい楓哉さん。それはまじでギャンブルじゃないか?大樹はなんとなく嫌な予感を感じて2人から離れた。




 大樹は担任を呼び止めた。かなり浮かれた様子の先生は鼻歌まじりに振り返って


「どうかしたのかい。悩める子羊よ」

「あの、佐渡は今日どうしましたか」

「ガン無視された!?なんたる不覚!」


 目を大きく見開いた先生は少し思い出すような仕草をして


「ああ、そう。佐渡さんは今日遅刻するって。十時くらいに学校に着くと言ってたよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「ところで、どうして佐渡さんが来てるか来てないかを確認しにきたのかい?言っちゃなんだが、君と佐渡さんはよく仲良くしているという印象がなくてね」


 少し迷った後


「隣の席でいつも俺より早くきてるのに居ないなって気になっただけです」

「そういうことねー」


 納得してくれたらしい先生に感謝の意を伝えた後、大樹は踵を返し、とりあえずスマホを開いた。

 一緒に文化祭を回る約束をしているのだ。律儀な茜のことだからもし遅刻するなら連絡が来ているはず。

 そうして見たRIMEには


『遅刻します。九時二十分ほどに着くはずなので正門前で待っていてください』


 それに既読だけをつけてポケットにスマホをしまい、すると、放送が始まることを知らせる軽いノイズが聞こえ、端的に、それを示す言葉だけが聞こえ

 始まったのだ。文化祭が。




 早速大樹は正門前に移動していた。ちょっとは時間を潰そうとも考えたのだが、特に一人でやるようなことも思い付かず、ひとりポツンと正門前に佇んでいた。

 少し離れたところを見ればこの学校の生徒がワラワラと思い思いに歩いており、文化祭を最大限楽しもうとしているのが伝わってくる。


 大樹は様々な方向を見回してどこを回ろうかと計画を立てていると、


「ごめんなさい。遅刻しました……」


 おずおずと後ろから声がかかる。その女性にしては少し低いハスキーで、涼やかな声色。


「まあまあ、別に遅刻ぐらい誰でもす……」


 びっくりして言葉が続かなかった。

 なぜなら……






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