第21話 文化祭準備⑥

「ていうか大樹って佐渡さんが文芸部って知ってたんだな」


 教室に戻ると楓哉が話しかけてきた。無論、同じ部活に所属しているので知っているのは当然、というか茜の所属している部活と聞いて参加したのだが。


「いや、この前少し話す機会があってな」

「ああ、そっか。確かに隣の席だもんね」


 そこで知ったものとしておけば今の大樹と茜の関係性を推測することはできない。

 しかし


(そろそろ楓哉、皐月にも伝えておきたい)


 少しずつ親友たちに隠し事をしているという親友への罪悪感、そして茜に言うなと言われているとはいえ皐月や楓哉に質問された時に別の理由を伝えなければならないという茜へ対する罪悪感。


 まあ、まだか。そう妥協した大樹は何も言わずに人が多く集まる教室の中央に目線を向けるのだった。


「えーと、まずはごめんなさい」


 人だかりに囲まれて頭を下げたのは皐月だった。

 みんなをこんな夜まで残したことを悔いているらしい。

 それから数語謝罪の言葉を述べた後、もう一度、ごめんなさいと頭を下げる。


 クラスメイトは互いに顔を見合わせて苦笑した。


 そして口々に


「だからー。さっきも困ってないって言ったじゃんー」

「委員長のそういう真面目なところは美徳だと思うけど何に対しても謝らなくて良いんだよ」

「実際あれで水無月くんのかっこいいところも三枝さんの乙女なところも見ちゃったからオーライ!」


 慰めと気にしなくて良いという気遣いの言葉。遠巻きにそれを眺めていた大樹と楓哉も微笑を浮かべていた。




 帰り道、楓哉、美羽、皐月の三人とは初っ端から反対方向の帰り道の大樹は一人で歩き、足を早めて遅めるといったことを繰り返していた。


 理由は前方十メートル。茜がいる。帰り道が同じなのでそれは理解できるのだが、それにしても行動が意味不明すぎる。

 駆け足で歩いたかと思えば腕を振り、何かを振り払うかのような仕草を見せる。再び駆け足、振り払う。時折、小さく悲鳴が聞こえる。


「何やってるんだ」


 後ろから話しかける。そう言いながら距離を詰める。


「た、助けてくださいっ。蜂ですっ」


 茜は茜に飛びかかる何かを振り払うようにしたが、それはその手に当たらず、茜の服についた。


「ぁ」


 茜の動きが電流を流されたようにフリーズし、ゆっくりと倒れ込んでくる。


「おっと、危ない」


 茜の肩を抑えて、そしてその背中に着いているらしい虫を恐る恐る見る。蜂は怖いのだ。


 しかし、その虫を見て、それをそっと摘み上げた大樹は電池切れになった茜に事実を伝える。


「なあ、茜。これ、カナブンだ」

「へ?カナブ、ン」


 茜に振り向かせ、そのくすんだ黄緑色の小型の虫を見せる。

 ビクッ、と一瞬たじろいだ茜だが、すぐに


「そうでしたか。これは不覚です」


 ところで、と前置きした後


「その子は道端に放してあげてください」

「へいへい」

「はいは一回、ってはいですらありませんね」


 茜は苦笑し、大樹は道端の溝のふちににカナブンを置いた。


 そして、歩みを始める。

 最初は大樹が数歩先行するが、少しずつ速度を緩めていき、二人の歩調が噛み合う。


「明日は文化祭だな」

「そうですね。準備は大変でしたが部誌の綴じ作業は楽しかったですよ」

「俺も手伝いたかったんだが」

「でも大樹君が部室にいたらなんでと思う人も多いでしょう?」


 茜はなんら気負うことなくそれがあたかも常識であるかのように語る。


「まあ、俺は気にしないけど。全然茜と仲良いですって言っても別に関わっちゃダメってわけでもないだろうし」

「それはまあ、そうですね」


 この話を続けても良いことはなさそうなので大樹はすぐさま互いに共通の話しやすい話題に切り替える。


「ところで、ヘルファイ昨日からさー」

「ああ、スピニングエラーのイベントでしたっけ?」


 運良くすぐに乗ってくれた。


「そうそう。なんかダンジョン複雑すぎてゴールできん」

「仕方ないですよ。運営が入り直すたびに地形変わるとかいう変な要素追加しましたので」

「まーじであれいる?」

「いらないです。あのせいでゴールしてもディフラクタルボロボロでボスに勝てません」

「文化祭終わったら協力でやるか」

「お願いします」

「俺バフとデバフ撒く担当でいいよね」

「ええ。私のレートX武器でぼこぼこにします」

「レートXの武器持ってるのが強すぎるんよ」


 あれ排出率一万分の一とかじゃなかったっけ。それを無課金で引いたというのだから驚きだ。


 段々と分かれ道が迫ってくる。今日も送っていこうかと尋ねたところ拒否されたのでそこでバイバイだ。


「じゃあ、明日」


 そうして足を帰り道に向けたところ


「少し待ってください」


 そうして、茜の声が後ろから掛かる。大樹は振り返る。


「例えばもし明日私が大樹君のよく知る私じゃなくてもいつものように接してくれますか?」


 その真意は、分からない。だが、その表情が、声色が、微かな仕草が大樹に訴えかける。

 その根底は相当な覚悟。そしてきっとこの前言っていた勇気の話。


「私は、変わりたいんです」


 だとしたら、きっと、いや、絶対。


(俺が答えるべきは)

「ああ、当たり前だろ?茜は俺の友達だからな」


 そうして大樹は踵を返した。


 後ろから微かに、「ありがとう」と聞こえたが振り返らずに片手を上げておやすみとだけ返した。



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