第3話 佐渡さんと勉強会in図書館

「よっと」


 咄嗟に倒れ込んできた茜の背中に手を添えた。


 そして、彼女の体勢を戻させる。


「あ、ありがとうございます」


 ひっそりと、小さな声の茜に大樹は笑いながら良いよと伝え


「美羽、ほら、謝れ」


 先ほどから不安げな目をしている美羽にそう告げると彼女は頭を深々と下げて


「ほんとにごめん!」

「……いいですよ」


 茜はボソッとその謝罪を受け入れた。


「ありがとー!」


 大樹は一瞬茜の方を見て、その後自分の手のひらを見た。


 彼女の背中に一瞬だけ触れた手のひらから伝わってきた少しの柔らかさと温かさ。

 それが手に残っているような感覚がして何度か右手を閉じたり開いたりするのであった。




 昼休み、大樹はいつメンと食堂で昼食を食べていた。

 ただ食堂とは言っても学食は不人気のため基本みんな弁当を持参している。


「ねえタジュ!見てよこれ!インスクのフォロワー五万人超えたんだよ!」

「それは凄い。確かに美羽いっつもオシャレなカフェとかコスメとか上げてるもんな」

「インスクといえば最近私も始めたのよ」

「マジか。皐月がSNSは違和感しかない」

「失礼ね。これでも華の女子高生なのよ?」

「良いじゃん良いじゃん。まあ、とりあえずアカウント教えてよ!フォローして宣伝しとくからさ!」

「宣伝はしなくても良いわ。いや、むしろしないでちょうだい」


 皐月がスマホを取り出し机の上に置く。青を基調とした手帳型のケースは彼女の気品をよく表しているように見える。


 そのアカウント名をすさまじい速さで入力していく美羽に驚きを隠せないものの


「どうした?具合悪いのか?」


 さっきから一言も喋ってない楓哉に声をかける。すると、彼は少し疲れたような顔で


「今回の範囲が苦手すぎるから赤点不可避で先に絶望してる」


 大樹の世界史の先生は一ヶ月に一回小テストを実施している。

 オムライスを一口。


「確か楓哉は世界史終わってたな。一応俺は得意だから今日エムドで勉強しない?」

「じゃーアタシもー!」

「私も参加させてもらうわ」


 そんなわけで、四人でのテスト勉強会が決定した。




 ファストフードチェーン、エムドにて


「サンフランシスコチャーチルは無敵艦隊でポツダム不可侵条約?」


 結論、楓哉がバグった。先程から意味のわからない言葉の羅列を延々と垂れ流している。

 これには大樹も呆けた表情を隠す気にもなれなかった。


「楓哉、戻ってこい」


 大樹は意味不明言語製造機と化した友人の頬を思い切りつねり、何とか人間に戻すことに成功した。


「すまね。一個ずつ説明するわ」

「そうしてくれると助かるよ……」


 その2人の様子を見ながら女子達はポテトを口に放り込んだ。




「ごめんね!今日は予備校の授業があるから!」


 数日後、テストが来週から始まるという金曜日。大樹は再びいつメンでの勉強会を計画した。


 しかし


『今日は塾よ』

『僕は予備こ……って、何で遮るんだよ!』

『いや、そう言えば楓哉と美羽同じ予備校だったなと』


 ということでみんな塾で現状絶賛ぼっちである。

 もしテストがなければ家でヘルファイに没頭する予定であったが、将来の夢に向けて今以上に学力を高める必要がある大樹にはソシャゲに勤しむ余裕はない。


 しかし、勉強を一人でするというのは非効率だと考えている。教え合いが発生しなくなり、インプットとアウトプットのバランスが悪くなる。


 それに、大樹的には大樹より頭のいい人がいてくれると嬉しい。


 勉強会に誘うとしたら……?そう考えた大樹が思いついたのは


「佐渡さん。今日の放課後、用事ある?」


 休み時間中、読書に夢中の茜に訊ねる。彼女はほんの少しだけこちらを向いて


「ありませんけど?」


 そして、少し間を開けて


「なぜですか?」


 少しばかり、警戒されているらしい。まあ何となく理由は分かるが。


(あらかた、「関わる意味がないのにどうして私の予定を知りたがるんだろう」ってところだろう)


 そんな彼女に、大樹はニカっと笑顔を見せて


「今日さ、一緒に今度の小テストの勉強しない?」


 目の下までかかる前髪だが、その奥に見える目がまんまるになったのはよく分かった。


 綺麗な目だな。そう思いつつも返事を待ち


「別に、良いですけど、場所は私に考えさせてください。あまり人がいない場所の方が都合が良いですし」




 そんなわけで、茜と勉強会になった。

 何も言わない茜は自身のルーズリーフにボールペンをサラサラと走らせている。その紙には大樹には理解できない式が所々修正されながら書き連ねられていた。


(あ、数学やるんだ)


 大樹は英語の文法をルーズリーフにまとめていた。そしてチラリと茜の方を向く。そして辺りを見渡す。


 ここは市立図書館の奥の奥にあるほとんど誰も訪れず、訪れたとしても年配の方が小難しい本を借りていくだけという知る人ぞ知るスペース。

 そこに制服姿の二人はいた。

 どうやら勉強の時は前髪をピンで止めるらしい茜。


 目元が出るのと出ないのとで印象が変わり、意外と顔立ちの整っている美少女なんだなということに気付いたが、ただ、やはり肌色は不健康そうで少し心配になった大樹であった。







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