第4話 オタクの約束

 確認テストが無事に終わり、大樹は家でヘルファイ運営の生放送をユートゥーブで見ていた。


『これが今回の生放送のメインなのかな?なんですけど、なんと……』


 そうしてデカデカとテロップが画面上に表示され、それを見た大樹は急いで自身の残金を確認した。


「マジかよ。確かに二周年だから予想はできたはずなんだけどさ、グッズ販売、だと……」


 アニマーテと言うオタク御用達のショップで三週間に渡り特設コーナーが置かれるらしい。


 生放送が終わり、大樹は残金を計算し始めた。


「アニマーテにいく交通費と現地で買う分を考えて……」




「大樹、そういうのに一緒に行ける友達とか居ないの?」


 夕食時、母親である草宮侑芽華くさみやゆめかにヘルファイのグッズのことを伝えるとそう返ってきた。


 ちなみに大樹の妹は現在塾、父親はフィンランドに単身赴任である。


「いや、いつメンにはそう言ういわゆるソシャゲとかしてる人居ないからさ」

「確かにみんな賑やかそうな子ばかりだものね。いつメンの子達以外には居ないの?」

「それは……居たわ」


 佐渡茜。彼女も大樹並みにヘルファイに入れ込んでいる。

 しかし、彼女の場合一人で行きそうな感じがする。


「誰?」

「隣の席の女子。ヘルファイオタク」


 そのことを端的に伝えると、侑芽華は物知り顔になり


「なるほど、最近はそう言うカップルのでき方もあるのね」

「隣の席になっただけで一緒に遊んだこともないが?」

「はいはい。それで、可愛い子なの?」

「普通に整った顔はしてると思う。ただいっつも前髪とメガネに隠れててあんまり素顔は見えない」


 すると、ニヤニヤが一層深まり


「でも、大樹はその素顔見せられるほど信頼されている、と」

「んなわけ」


 そう軽くあしらっても埒が開かないことに勘付いていた大樹は急いで夕食を食べ終わり、自室に避難するのだった。

 まあ、一回聞いてみるか。




 翌日、いつものように本を読んでいた茜の机を指でトントンと叩く。

 数回ほど叩いたところで茜は気づいたらしく、顔をこちらに向けた。


「おはよ、佐渡さん」

「(ぺこり)おはようございます」


 挨拶が返ってきたのを確認したのちにスマホを取り出してそのスクショの画面を見せる。

 ああ、と相槌を打った茜は


「これですね、行きたいんですけど、ちょっと距離があるのとああ言う場所って一人で行くのはちょっと危ないし、親も仕事が忙しくて、行けないんですよね。あ、いいこと思いつきました。草宮くんはそれを見せてきたってことは行くんですよね?なら、お金を渡すので買ってきてくれませんか?手数料として五百円くらいはそのまま持っていて良いですよ」


 普段の茜のイメージである『無口、無表情』を前提で接するとこの早口はだいぶびっくりするものと思える。


 しかし、すごく聞きやすい。声質の耳あたりが良いので苦痛に感じない。

 しかし、そこじゃなくて


「確かに俺は行くつもりだけどさ、佐渡さんも一緒に行かない?」


 目をぱちくりとしてフリーズした茜は数秒後、蚊の鳴くような小さな声で


「私と居ても楽しくないですよ」


 今までもヘルファイの話題以外はフラットな抑揚の少ない声の茜だが、今回のそれは違った。


 冷たく、吐き捨てるような声。


 ただ、大樹は持ち前の明るさで少しだけ押してみる。これでも拒絶されたら先ほどの茜の提案を受けるつもりでいた。


「俺は佐渡さんと話すの楽しいよ?ヘルファイの話題できるのは佐渡さんしか居ないし」


 え。と目を丸くする茜。その口許が一瞬だけ緩む。


「私も、ヘルファイの話題ができるのは嬉しいですよ。ただ、こんな根暗な堅物といても草宮くんのお友達みたいなワイワイとした事はできませんよ?」


 何となく茜の性格から断る理由が予想できてしまっていた。


 きっと、茜は明らかに立ち位置の違う二人が一緒に行動することに対して抵抗を覚えているのだろう。

 大樹は話の方向を少し変えることにした。


「じゃあ、佐渡さんはアニマーテ行きたい?」

「もちろん行きたいですよ?常設されてない以上、こういう時しか正規品のグッズは買えないので」

「じゃあさ、俺と佐渡さんはお互い一人で行くことにして、偶然出会いました!ってことにしたら?」


 茜は眉を顰めて、その後むむむと唸るように口元を強張らせた。


「それは屁理屈……いやでも合理的で間違ってない……」


 しばらくボソボソと呟いたのち


「分かりました。では、日時は草宮くんが決めてください。私は年中暇なので」


 最後、少し冗談気味に言った茜に大樹はニコリと笑い


「あ、先生来たからまたあとでね」


 そうして、大樹は茜とアニマーテに行くという約束を取り付けることができたのであった。




「ちなみにこの文字は数学では何を意味するか分かるかい?また、これがもし存在しないとどうなるのかも考えてみて」


 担任であり数学の担当である畑中先生は黒板にデカデカとi=√−1の文字を書き生徒たちに尋ねた。


(なんか見たことある気がするんだよなぁ)


 机をペアの形にし、相談を始める。


「佐渡さんは知ってる?」

「ええ、そりゃもちろん。もしそれが存在しない場合に生じる問題も知ってます」

「さすがだね。ところでどこで知ったの?」

「数学含め配られた教科書は全て頭の中に入っていますし来年までの予習も済ませてありますから」


 初めて見たドヤ顔(髪で隠れて少ししか見えない)にちょっとした感動すら覚えつつ大樹はさすがは学年トップ層、と内心で拍手を送るのだった。







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