第74話 それは全ての始まりの話

 弱々しく茜の口から飛び出た拒絶に大樹は立ち止まる。大樹は少し考えて、その間に茜から質問が飛んでくる。


「なんで、居るんですか?」


 時間は午後一時。学校はまだ普通にある。


「早退してきた、正確にいうと抜け出してきた、かな。荷物全部学校に置きっぱなしだし」

「なんでそこまでして……!」

「なんでって、そりゃあ」


 大樹は笑みを崩さず


「茜のことが好きだから、かな」


 一歩近づいた。茜が一歩後ずさる、しかしそこにあるのは一本の大きな木だ。そこに背中をぶつけて茜は座り込む。

 大樹はさらに一歩踏み込む。そして大樹は再び立ち止まることになる。


「来ないで……!」

「っ!」


 茜の叫び。それは雨に溶けたがその悲壮感は大樹に届いていた。


「茜、教えてほしい」


 茜に何があったのか───────

 それは彼女の傷を抉る行為なのかもしれない。ただどうしても、ここで知らなければハッピーエンドを迎えることはできない。そんな確信があった。


 大樹は真摯に訴えかける。しばらくは拒んでいた茜だが、ようやく口を開いた。


「私は大樹君を信じます」


 そうして彼女は語り始めた。嗚咽混じりの声で。


 ──────────────


「茜はいつも彼のこと見てるよね」


 中学時代の友人が私に話しかけます。私は慌ててそちらに向けていた視線を戻して


「そそそんな!気のせいです!」

「もう!バレバレだから!」

「悲しいです」

「にしても〇〇くんかー。茜も倍率高いところ行くねー」

「仕方ないじゃないですか。その、かっこいいんですもん」


 中学三年生一学期、私には好きな人がいました。

 爽やか系のイケメンでそこそこ頭の良い、いわゆる超モテる人。


 私は当時はまだ明るい方でしたのでアタックする勇気はそこそこありました。




「佐渡さんはほんとに賢いよね」

「……ありがとうございます……」

「また今度も教えてくれない?ちゃんとお礼はするからさ」


 私はなんとか彼に近づいて私の唯一の強みである勉強を使って〇〇くんと距離を詰めようとしました。


 そこからは関係ないので色々と端折りましたが、夏休みの前の日、私は遂に覚悟を決めて〇〇くんに告白することにしました。そのことをその友達に伝えると


「わー!がんばれ茜!」

「はい。玉砕覚悟ですが突っ込んでみます」


 付き合えるとは思っていませんでした。彼の周りにいる女の子たちは私以上に魅力的な子たちばっかりでしたから。ですが、想いを真摯に受け止めてもらって断られるなら失恋した甲斐もあるものです。




 放課後〇〇くんには教室に残ってもらい、私は爆発しそうになる心臓をなんとか抑えていました。そうして覚悟を決めます。


「……好きです。付き合ってください!」


 言いました。緊張に思わず俯いてしまいます。

 数秒の沈黙。上から声が降り注ぐ。


「あー、ごめんね佐渡さん」


 私はそこで振られたんだと理解して「ありがとうございました」、そう言って帰るつもりだった。

 ただ顔を上げて絶句しました。

 〇〇くんはニヤニヤと笑っていたのですから。


 そして


「いやー!良いもの見せてもらったよ」


 そんな声が聞こえて私はフリーズします。その声はドアの向こうから聞こえていて、そちらに私が目を向けるとその友達を中心に十人ほどの男女がいました。

 私は足元が崩れるような気がして尻餅をつきます。


「いやいや、〇〇と茜が付き合えるわけないじゃん!何夢見てんのさ!」

「しょーじき釣り合ってない」

「頭いいだけで調子乗んなよ」


 そして最後にその友達が、信じていた彼女が


「佐渡さんって結構イタいと思ってたんだよねー」


 それにみんなは同調していて───────




 その日、佐渡茜は壊れた。




 それから私は冷やかされたりバカにされたりを繰り返し、それでも学校に通い続けました。


 私とこの地獄を隔てる前髪と一枚のレンズ素通しメガネいう壁を作り上げて……


 ──────────────


「ってことがありまして」

「……茜」


 言葉が出なかった。これが今の佐渡茜を形成した要因。大樹は唇を噛み締めた。


「だから私は恋愛ごとに巻き込まれたくないんです。大樹君がさっき好きって言ってくれてすごく嬉しいです。でも、大樹君が偏屈で根暗な私なんかを好きになるわけがないんです。お世辞はもう良いんですよ?」


 茜はそう言って立ち上がる。雨に打たれている彼女は寂しげな笑顔を浮かべて、よく見ると涙を流していた。


「───────んだよ」


 思わず、口をついて出た。雨に紛れて消えた言葉は茜に少ししか届かない。


「どうしましたか?」


 そんな疑問を発した彼女に大樹はもう一度力強く、感情的になって……


「好きなものは好きなんだよ!黙って受け入れろ!」


 大樹は茜に駆け寄って傘を分かち合い、余った方の手で茜を抱きしめる。華奢で、気を抜けばすぐにいなくなりそうなほど頼らない体躯。

 その体は雨に濡れて冷えていた。

 大樹は絶対に離さないように左手に力を込める。

 茜の体がピクリと跳ねた。


「茜に魅力を感じない奴もいる。中学の時のやつらみたいに茜をイタい人だと思う奴もいる。でも!俺は、草宮大樹はお前にどうしようもないくらいの魅力を感じてるんだよ!時々見せる笑顔が!すぐに照れるウブなところが!さりげない気遣いをしてくれるその優しさが!全部が俺にとっては眩しすぎる魅力なんだよ!」


 そう叫んだ。声を抑えようとは思わない。


「俺は茜を肯定する!他の誰が否定しようともこれは俺の価値だ!頼むから他でもない茜が茜のことを否定しないでくれよ……」


 大樹の首筋に顔を埋めた茜は小さく息を吐いた。


「ふふっ、大樹君。泣きそうになってますよ……」

「しかたないだろ……それにあかねも泣きそうになってるだろ……」


 二人は大雨の中抱き合っていた。




 本日12時、第二章最終話を投稿します。




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