第二章最終話 恋人内定

 五分ほど抱き合い、茜が少し落ち着いたころ。


「ごめんなさい。今は大樹君とは付き合えません」

「……そっか」


 大樹は足元がぐらつく気がした。この感覚を大樹が今まで振ってきた女子が味わっていたのだと気がつく。確かに悪いことをしたとは思うがここまでとは。


「でも、私も大樹君のこと、多分す、好きですからっ」


 茜は大樹の背中に腕を回したまま呟く。そして、彼女は上目遣いになって懇願するように言う。


「そ、その、恋人内定、ということでも、良いですか?」

「恋人内定?」


 聞きなれない言葉に聞き返す。すると茜は再び大樹の首に顔を埋めた。


「私がこの気持ちを完全に信じることができて交際できるまで待ってくれませんか?という意味です」

「おっけ。じゃあ、それまで待つわ」


 大樹は一度強く茜を抱きしめて


「そろそろ平気か?」


 真剣な声色。大樹の腕の中にいる茜は少しみじろぎしてから


「はい。もう落ち着きました」

「おっけ、じゃあ」


 そう言って左手を茜の背中から抜こうとすると


「だめです」

「え?」


 茜を見下ろすと彼女は耳を真っ赤にしながら


「まだ……こうさせていてください」


 そんな彼女の様子に大樹は笑みを漏らして


「分かった」


 再び強く茜を抱きしめる。


 雨は、気づけば止んでいた。




「はいこれ荷物」


 大樹が茜を家に送り届けてから帰宅するとリビングに親友がいた。楓哉がテーブルの傍に置いてあるリュックサックを指さす。それと横にはそこそこな大きさのビニール袋。


「おお。マジで感謝」

「めっちゃ重かったから今度『メヌ』奢りで」

「分かった」

「あとこの騒動の詳細を教えてもらおうか」

「分かったけどちょっと待て。制服が泥まみれなんだ」

「何してたんだよ……」


 呆れたような顔をする楓哉に背を向けて大樹はリビングを後にした。




「───────。これが俺が早退してから俺がしてたこと」

「なんか一人だけラブコメしてるんだが」

「お前も大概だからな」

「知らん」


 大樹はベッドでゴロゴロしている楓哉にことの顛末を伝えた。


 ちなみにすでに関係している人全員にこの出来事をその詳細に差はあれど伝えていた。侑芽華への説明は非常にめんどくさかった。いちいち『茜ちゃんとどうなったの!?』と聞いてきた。

 勝手に早退したことは別に責められなかった。さらに、『言ってくれたら私も仕事抜け出して探したのに』とのことだった。


 会長は冷静そうに話を聞いていたがところどころ鼻をすする音が聞こえていたのでどうやらひどく安心しているらしい。


「大樹、電話来てるぞ」

「あ、ほんとだ」


 大樹は枕元に放り出されているスマホを手に取りその発信者の名前を見た。茜だった。

 そのことを楓哉に伝えると楓哉は立ち上がって


「じゃあ僕はもう帰るね」

「ああ、ありがとうな」


 ドアの向こうへと消えた。大樹は息を整えてスマホを見る。まだそのスマホは振動を続けている。

 大樹は通話ボタンを押した。


『もしもし?』

「もしもし、大丈夫か?」


 あの出来事から三時間ほどしか経ってないのだ。まだ茜の精神状態がよろしくなくてもおかしくない。


 しかし帰ってきたのは意外な返答だった。


『もう平気ですよ。なんなら幸せまであります』

「そりゃよかった」

『大樹君は幸せですか?』

「当たり前だろ。茜がいなくなるかもしれないって会長に言われてて気が気じゃなかった」

『あの人はどこまで未来を見ているんでしょうね』

「どうなんだろうな。少なくとも俺じゃ見えない世界を見ているのは分かる。ほんとにすごい人だよな」

『ええ……そうですね……』


 急に元気のなくなった茜の声に疑問を覚えた。電話越しにボソボソと『うう』とか『でも……』とか何かに葛藤しているのは分かる。

 ただなんも分からない。


「どうした?」


 数秒ほど時間が空いて、茜が震える声で囁いた。


『そ、その、嫉妬してるわけではないのですが……』

「うん?」

『その、想いが通じ合ってすぐに他の女の人を大樹君が褒めたのが複雑です……ごめんなさい!重いですよねっ!』


 そう聞いて大樹は納得する。そして顔に熱が集まるのを感じる。やらかしたと思うよりも茜の発言の内容がすごく可愛い。ほんとに、可愛い。


 とにかく、茜のいうことはもっともだ。大樹と茜は恋人内定という一般に言えば許嫁の恋人版の関係にある。

 そうなると彼女(内定)である茜にとっては彼氏(内定)の大樹の発言に複雑な気持ちになっても仕方がないだろう。


 大樹はしばらく思考に沈んだ頭を現実へと戻し、努めて冷静に茜に伝える。


「いや、なんも重くないよ。俺も茜が楓哉のこと褒め出したら多分茜と同じ状態になる」

『それなら良かったです』

「あと、ごめんな。内定とはいえ俺らはカップルだからそうやって茜が嫉妬するのも当然、だからさ」

『かっぷる……うわあ!そうでした!』


 慌てたような声が電話越しに聞こえ、大樹は笑みを漏らす。

 しばらく待つと茜が真剣な声色で


『それでは、一個相談しなければいけませんね』


 そう言ってきたので大樹はどういう意味だろうと頭にクエスチョンを浮かべたのだった。




 第二章【恋心編】完

 第三章【未来の恋人編】開始をお待ちください。


 予定が狂いまして第二章の終わりが二年生スタートではなくバレンタインデーとなりましたことをお詫びします。








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