第73話 大雨の中

 最悪だ最悪だ最悪だ


 中学校の時の再来、いやもっと酷いかもしれないですね。私はバレンタインの甘い匂いを吸いながらも全力で階段を駆け降ります。


「ちょっと!」

「おい!」


 何人かに迷惑をかけたのは分かります。ただ私の思考はそれどころじゃないです。


 一階に降りて、気付けば学校を出ていて……




(どこ行った!?)


 大樹は校舎内を駆け回っていた。既に会長には連絡してある。ただやりとりをする余裕などない。


 旧校舎に入る。探す。


「居ないのかよ!」


 見つけないときっと茜は会長の言った通り居なくなってしまう。それだけは嫌だ。


 屋上は開いてない。

 プレハブには居ない。

 中庭にも居ない。



 走り続けて大樹は昇降口にいた。


「おい、嘘だろ……?」


 茜の靴はそこには無かった。


「行くしかないか」


 そうして大樹が自分の下駄箱から靴を取り出した時


「何をしている」


 後ろから声がした。




「早退許可を」

「認めん」


 校長はメガネの奥に冷淡な光をたたえながら大樹の前にいた。ここ五分ほど膠着状態で動かない。


「友達の一大事なんです!」

「親御さんがなんとかしてくれるだろう。それに、二人連続で校則違反を認めるわけにはいかん」

「そこをなんとか!」

「もう戻れ」


 校長はしっしと手で追い払うようにして、その時、校長室の扉が開いた。入って来たのは真剣な表情の会長だった。会長も校舎を駆け回っていたのか肩で息をしている。

 会長は部屋を見渡して状況を理解したのか開口一番


「おいハゲ」

「服部、何の用だ。今は授業中だぞ」

「この子の早退を認めろ」

「お前まで……!」

「私はもう既にいくつかの私立大学に合格している」


 会長は唐突に話を変える。


「……なんの話だ」

「正直私はその大学でいいと思っているんだ。だけど秦明的には帝大医学部現役合格の実績はほしいだろう?最近は合格実績の芳しくない我が校としては必要じゃないか?」

「っ、まさかお前!」

「そのまさかだ。この子の早退を認めないなら受験を辞退する。この子の早退を認めるのなら本気で首席でも狙ってやろう。合格体験記も喜んで書くぞ」


 校長は冷や汗をかきながら会長を見上げる。会長は鋭い眼光で校長を突き刺していた。数秒後、校長は吐き捨てるように


「……仕方ない。認めよう」


 会長は大樹を振り返った。


「よし行け!草宮大樹!お前しかできないんだ!」


 その啖呵に大樹は頷き校長室のドアを勢いよく開けて走りだした。


 初対面はやばい先輩という印象だったがこんなに心強いとは、大樹は感心した。

 とにかく、急がなければ。




 天気は遂に最悪の状態になっていた。時折雷の音が遠くに響く。大樹は傘を持って急いで学校の外に出る。

 茜はどこに行った?

 大樹は一旦茜の家までのルートを辿り始めた。




「茜……!」


 全力で走ったおかげでもう茜の家はすぐそこだ。


 とりあえず茜に連絡。しばらくツーツーと電子音がして


『現在、電話に出ることができません。しばらく経ってからお掛け直しください』

「くそっ!」


 定番の機械音声に対して毒づいた大樹は茜を信じてみることにした。インターホンを押す。もし茜がいたら出てくれるはずだ。出なかったらここにはいない。

 数秒、大樹は傘をさそうとしたがこの風だと意味がないと考えてやめる。


 出ない。大樹は茜にRIMEで連絡を送る。


「どこいったんだよ!」


 そうして再び駆け出した。




『大丈夫か?』


 私はその文面を見てため息をつきました。大丈夫なら私はこんな場所に居ないはずです。

 それに、大樹君が何をできるというのでしょう。そして、あの瞬間衝動のままに大樹君を突き飛ばした私は、もうどうしようもないです。


「こんなところに来たところで何ができるでしょうね」


 そもそもまだ学校です。大樹君がくるはずがないです。

 そもそもこの場所が分かるのかすら怪しいですね。


 雨は私の全身をびしゃびしゃに濡らしています。寒い。寒い。


 でも、こうしてたら解放されるのでしょうか。私を閉じ込めたあの牢獄から。




 茜が行きそうな場所、心当たりは、あるとすれば……ただ、遠い。でも行かなければ。


 この地獄を終わらせるために、そして

 茜を救うために、伝えなきゃな。




 駅前に辿り着く。急いで改札を抜けて電車を待つ。すぐにきた。

 大樹はそれに乗り込んで息を整える。誰もいない車内。最低限ハンカチで顔だけでも拭こうと思ったが制服ごと雨でやられていた。


 電車が動き出すのが遅く感じられた。

 早く、早く、早く───────


 雨が窓を叩く音と電車が線路を駆け抜ける音。大樹はそれらをできるだけ意識から排除して、先ほど送信したRIMEを見る。

 既読はついていた。だが返信は来ない。


 電車が止まる。大樹はドアが開いた瞬間に走りだした。マナー違反?誰もホームにいなかったからセーフ。


 改札を抜けようとスマホを押し付ける。失敗。弾かれた。

 大樹はもう一度押し付ける。開いた。


 走れ、走れ、早くつけ、茜がいるとしたらここしかない。


 大樹は不紡山と書かれたボロボロの看板の横の草が踏み倒された跡のある階段を駆け上がる。


 転ぶ、立ち上がる、走る、気づけば制服は泥まみれ。母親に見つかったら絶対に叱られるやつだ。

 そんな思考今は無駄でしかない。とにかくこの山を登らなければ。


 段々と見えてくる。そして───────




「茜!」


 私はおそるおそる振り返ります。なんで?その疑問しか浮かびません。

 大雨の中大樹君は泥まみれになり、ところどころ擦り傷も見えますが彼は満足げに笑顔を浮かべてこちらに歩いてきます。


「こないで、ください……」


 私の口から出たのは明確な拒絶。ですが、それは弱々しい響きで───────



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