第72話 絶望へ
「放課後、文芸部室に来てください」
昼休みが始まってすぐ、茜に小さな声でそう伝えられ、大樹は「了解」と返して弁当箱を手に取る。
机を色々組み替えて作った島でいつメン+茜+光希の六人に増えた人数でお昼ご飯を食べる。
雨は強さを増しており野球部やサッカー部の会話から筋トレ、とかオフ、などの単語が聞こえる。
「いやー、雨強いねー。この調子だと陸部もなさそうだ」
「柊木さん。今日陸部ミーティングだよー。三年四組ー」
近くにいた陸上部の女子生徒が美羽に声をかける。
「まーじすか」
美羽は背もたれに大きくもたれた。
「楓哉、はいこれ、バレンタイン」
皐月が自分の席から紙袋を持ってきて楓哉に手渡す。楓哉はおっかなびっくりそれを手に取り
「え、お、あ、ありがとう」
「どもってるねー」
「あんまりからかうなよ……」
みんなで笑いながら二十分間がすぎた。
そうして、事件は起こる。
「風も吹いてきましたね」
「こりゃ大変だ」
段々悪化を続けている天気に憂鬱な気分になりながらも茜と自席で雑談を続ける。もうみんなお昼を食べ終えて各々自由に過ごしている時間だ。
「佐渡さん、呼ばれてるよー」
唐突に上がった声、茜はそちらに目線を移動させる。
「え?私、ですか?」
「そうそう」
「今行きます」
大樹は立ち上がった茜とその声がした方を見た。扉の外に居たのは昼休み時折こちらをじっと見つめていた女子が五人ほど。
茜は訝しげに首を傾げてからそちらに歩いて行く。
嫌な予感がする。
大樹はすぐに立ち上がれるようにそちらを向いた。
茜とその女子五人は教室の後ろのドアの前で話している。
「佐渡さんはもうバレンタインチョコ渡した?」
「……ええ。お友達や部活の先輩に」
「本命とか渡しちゃってたりする?」
「い、いえ」
「他に渡す予定は?」
「え、っと、その……」
「草宮くんでしょ!」
「っ……!」
茜は体を小さく震わせる。その女子の高い声が教室中に響き、クラス中の視線が大樹か茜に分かれて集中する。
楓哉が心配そうな目線を大樹に向けている。大樹はそちらを見返して立ち上がろうとしたところ再び声が聞こえてそこで止まる。
「あー、うん。分かるよ。草宮くんかっこいいもんね。頭も良いし男前だしノリも良いしこの前の武道大会大活躍だったもんね!」
「そうですね……」
「良かったね佐渡さん、草宮くんと隣の席になれて。二連続じゃん、やったね」
「用件は、なんですか……?」
茜が俯きながら発した一言にさっきまでニコニコ笑っていた女子たちは途端にその笑みを嘲りの混ざったものに変えた。空気が重くなる。
「言っとくけど、全く釣り合ってねーから」
「頭が良いだけで草宮くんに釣り合えるわけないじゃん」
「それもこんな根暗ボッチの陰気臭い女子がさあ」
「……!!!」
「おい!」
大樹の中で何かが切れた。立ち上がって走り茜を庇うように立つ。茜の表情は見えなかった。
「茜は俺の大事な友達だ。それ以上侮辱するな」
「え、何ー?あんな奴が友達なのー?引くわー?」
「勝手に引いてろ」
「前から気になってたんだけどさ、なんで柊木さん、水無月くん、三枝さん、草宮くんの四人に佐渡さんが入ってるわけ?意味わかんないんだけど。そもそも仲良くなる要素どこよ」
「知ってんのかお前ら。茜はめっちゃ良いやつだ。茜には言ったことあるけど時々ドジなところもあるけど何事にも熱心な健気な女の子なんだよ」
「はあ?何言ってんの?こんな地味な女子の魅力なんてあるわけないじゃん」
「魅力なんてない?何言ってんだ。魅力しかないの間違いだろ。訂正しろよ」
大樹はなんとか冷静に回っている思考を繋いでいた。
なんとか対処はできたはずだ。さっきちらっとみたところ茜は美羽が慰めてくれている。あとはこいつらを追い返せば───────
「何マジになってんの?もう良いや、帰ろ」
「ああ早く帰れ」
どうやら自分たちから帰って行ってくれたそうで大樹はほっと息をついた。光希が大樹の姿を見た。
「うん。それで良いと思うよ」
「ありがとな」
そして教室の隅にいる茜の方に歩み寄り
「もう大丈夫だよ」
そう声をかけた。
「……」
「よしよし……茜?」
「……」
「さっきの奴らはああだったけどさ……っ!?」
茜が目を上げる。その目は……泣き出しそうとかそんなものじゃなかった。完全に光を無くしていて、奥には暗いものが渦巻いているような、そんな目で
「もういやです」
茜が呟く。冷たい声。こんなに冷たい声を今まで聞いたことがなかった。
「大丈夫だから、さ」
美羽もそれに気がついてなだめようとする。しかし
「何が大丈夫なんですか」
茜の雰囲気が段々と怒気をはらんだものに変わっていく、そして
「痛っ!」
茜にドンと突かれて体勢を崩す。完全に油断していたのでそのまま尻餅をついてしまい痛みに呻く。
そして呆気に取られる教室を茜は走って出て行った。
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