第71話 バレンタインの朝
大樹は甘い匂いの漂う廊下を抜けて教室に入った途端
「はいタジュ!バレンタイン!」
「私からもよ」
美羽、皐月から小さめの紙袋に詰められたチョコレートをもらった。
「分かってると思うけど義理よ、義理」
「あたしのはどっちだろうねー?」
「美羽永遠にからかってくるじゃん」
「いやー、ヘタレにはこんくらいしないと」
「ヘタレは楓哉だろ」
「あれは殿堂入りだからランク外!」
「美羽、言って良いことと悪いことがあるよね?」
「げ、楓哉、いつからそこに……」
二人がわいわいしだしたのを良いことに大樹は自席について準備をする。茜はまだいないらしい。珍しいことだ。いつも大樹よりは早くついているのに。
茜といえば、今日か。スマホを開くと会長からRIMEが来ていた。
KIRI 『茜ちゃんは大丈夫そうかい?』
大樹 『まだ来てないですね』
KIRI 『了解』
「あの、草宮くん!」
スマホに落としていた目を上げる。すると、数人のクラスメイトの女子が大樹の前にいて
「これあげる!」
「ありがと!ホワイトデーでちゃんと返すわ」
ちらりと親友の方を見る。楓哉はもはや囲まれておりあの中で大量のチョコが楓哉に渡されているのだと考えたら思わず笑い声が漏れていた。
美羽と話している皐月は寂しそうにその塊を時折見ている。その皐月の手には大樹がもらったやつより少し良さげな袋が下がっていて皐月も苦労しそうだと大樹は苦笑した。
「……おはようございます、草宮君」
「おはよう佐渡さん」
「さっそく美羽さんに友チョコ渡してきますね」
「おう、行ってら」
茜はカバンを置いてから美羽の方に歩いて行き少し話したあと戻ってきた。その茜の様子を見てさらに意味がわからなくなった。いつも通り、なんなら少し楽しそうにしているのだ。
『茜ちゃんがもしかしたらいなくなるかもしれないんだよ草宮大樹くん』
会長と話した時に言っていたその言葉の意味がもはや分からなくなった。
教室ですることがないことに気がついた大樹は廊下に出て
「みなさんのチョコレートを是非」
「「「僕たちに!」」」
「何やってるんだあいつら」
その光景に絶句した。廊下の端、特に階段前に男子生徒がずらりと並び、段ボール箱を抱えて立っている。男子も女子も二度見を繰り返しながら去っていく。誰も段ボールにチョコを投げ込む人はいない。
彼らの背にある窓の外は既にどんよりと曇っていてそれが彼らの今日の運命を暗示しているような気がした。
まあ、傘は持ってきたから雨が降り出してもセーフ。
大樹が教室に戻ろうとすると棟が違うはずの三年生がいた。
会長だった。彼女は大樹に気がつくと堂々と歩いてきて
「特に問題はないようだね」
「ええ。ほんとに何か起こるんですか?」
「私の中ではすでに何かが起こる予感がしている」
「そう、ですか」
「まあ良い。茜ちゃんにチョコを渡しに来たんだ。教室はどこ?」
「ちょうど俺も戻るところだったので着いてきてください」
そうして教室に戻ると
「柊木さん!ずっと好きでした!付き合ってください!」
「んー、気持ちはすっごく嬉しい。でもあたしはキミと付き合っていくビジョンが見えないから、だから、ごめんね」
「おっと、これは少しタイミングが悪かったかな」
「そうかもしれませんね」
美羽に対する告白が起こった直後に入り込んだ大樹と会長は苦笑して
「ほら、佐渡さんはあの席ですよ」
「わかった。茜ちゃーん」
そう言って会長は茜に思い切り手を振り歩いて行く。
気が付けば横にいつメンが全員いて
「いやー、あたしは罪な女ですな」
「名もなき勇者に敬礼」
「楓哉、そのキャラどうしたのよ」
「まあ楓哉だから違和感ない」
「大樹?どういう意味かな?」
「ノーコメントで」
茜に渡し終えたのであろう。会長が戻ってきていて
「では、草宮大樹くん、また会おう」
「会長もうすぐ入試でしょう?」
「なに、二次試験まであと三週間もある。つまり、遊べる」
「世の受験生に怒られますよ」
会長は豪快に笑いながら去っていった。皐月が呆然と呟く。
「あれがうちの高校一頭良い生徒って、驚きだわ」
「帝大医学部A判定らしい」
「やば」
「あの人文化祭で鎧着てた人だよね?」
「そうそう。赤備えだってさ」
人によっては自分の勉強に集中するために家に引き篭もる自由登校期間にも関わらず毎日学校に来ては休み時間に旗印を掲げて闊歩しているらしい。一体何がしたいのだろう。
チャイムがなり、席に座る。ホームルーム中、ふと窓に視線をやると気付けば雨は降っており、ほんの少し感じた嫌な予感を振り払うように大樹は首を横に振った。
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