第17話 ある日の文芸部の話②

「お待たせしました。今開けますね」


 茜の涼やかな少し低い声が聞こえ、大樹は文庫本に落としていた目を上げた。


「ありがと」


 そして2人は文芸部室に入った。




「大樹君。昨日私はこれを買ってきました」


 少し弾んだ声で茜はカバンに手を突っ込み、一冊の文庫本を取り出した。

 それは今大樹が持っている、昨日茜に紹介した本が握られていた。


「おおー。どうだった?」


 彼女は胸にその本を抱くようにして、


「すごく良かったです」


 2人はその物語の感想を語り合った。少し埃っぽい本の大量に積まれた部屋。陰気臭いようだが、快適で、楽しい時間。


 そして気づけば、日は沈んでいた。茜は窓の外を見てびっくりしたように立ち上がる。


「そろそろ解散にしましょう。では、また、明日、文化祭準備、頑張りましょう」


 私は文芸部誌の制作があるのでそっちにかかり切りになってしまいますが。と言った。文芸部は1年間に3回部誌を発行するらしく、廃部寸前になりながらも茜は活動しているらしい。

 大樹は入部2日目なので部誌は書けないが、次回からは参加する予定だ。


 そうして部室から出て行こうとする茜を大樹は見咎め、


「暗いから送ってくよ」


 そうして大樹も立ち上がった。




「別に1人でも問題ないのですが……」

「いや、茜は女の子だから」

「誰も私なんかに魅力を感じませんのでご安心ください」


 廊下を歩きながら2人は話していた。


「いや、茜って結構魅力的な女子だと思うよ。前も言ったけどさ」

「嬉しいですけど大樹君のいってくれる私の魅力は中身でしょう?夜道を歩く不審者は見た目で判断します。故に私は安全です」


 大樹は立ち止まり、その名前を呼んだ。こちらを向く茜の髪を優しくとり、顔の横まで撫でる。


「な、何するんですか……!」

「いや、普通に可愛いなと」


 今までに茜の顔を見たのは一瞬だったが、可愛い顔だと既に確信していた。

 しかし、まじまじとその顔を見て、そして、


「かわっ、そんなっ!」


 思わず、手を離した。


(あんな涙目で見上げられたらそりゃ離すというか、心臓に悪いというか)


 というかあの一瞬まじで危なかった。危うくぬいぐるみよろしく抱きしめるところだった。

 しかし大樹はそれを悟らせないよういつものようににへらと笑い、


「と言うわけで家まで送るけど、良い?」

「別に、ご自由に」


 蚊の鳴くような声でただそれでも嬉しそうに呟いた茜に微笑んだ大樹は彼女の道案内に従って校門を出たのだった。




「髪切らないの?」


 まさかの同じ方向だった帰り道、気になったことを尋ねることにした。茜の見た目ならクラスの隅でボーッとするよりもワイワイとしたグループに入れると考えた。


「いえ、私はこの髪で過ごします。確かに髪を切って明るく見せた方がいいと言う大樹君の意見は理解できますしそっちの方が私も好きです」


 じゃあなんで、と聞こうとしたが、


「でも、そう簡単な話じゃないんです」


 辛く、我を殺したような声。大樹は生唾を呑んだ。


「茜。教えてくれない?」


 大樹は割れ物を扱うように優しい声をかける。


「嫌です。なんでですか」


 毅然とした反抗。


「なんでって、知りたいから。まあ茜が話したくないなら話さなくていいよ」

「つまらないですし、大樹君がら思っているよりも重い話ですよ」

「それでも俺は茜のことを知りたいな」


 そして、しばらく黙り込んだ茜は、


「……いつか」


 そう、呟いた。


「そっか」


 それだけだった。




 しばらくヘルファイの進捗がどうとか今度のテストの順位が上がったらお小遣いが増えるとか他愛のない話をしながら帰っていると、


「着きました」

「うわぁ、佐渡家すげー」


 茜の家は純和風の屋敷のようなものだった。漆喰の塀にぐるっと囲まれた敷地の奥にはこれまた漆喰の屋根が顔を覗かせている。


「門がある家なんて俺初めて見た」

「先祖が薬師をやっていたそうです」


 当時の薬師、つまり医者や薬剤師は現代のそれより希少性が高く、その腕によっては神同然に扱われていたらしい。


「だから私も将来は薬剤師になるんです」

「頑張れ」


 そうして、


「ありがとうございました。また明日学校で会いましょう」


 門の横にある扉の持ち手に手をかけた茜の背中に今日言おうとしていて言い忘れていたことを伝えた。


「文化祭の1日目さ、一緒に回らない?」


 茜はこちらを振り返り、


「つまらないですよ」

「俺からしたら楽しい」


 茜は呆れたようにため息をつき、


「では、よろしくお願いします」


 そして体をドアに滑り込ませる前に、


「絶対に、誰も言わないでくださいね」


 そうしてドアは閉じたのだった。






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