第16話 ある日の文芸部の話①
数日前
早速入部ということになった大樹は誰も行こうとしない旧校舎、その最端にある空き教室の前にいた。
壁には『文芸部』と墨で書かれた半紙が貼られている。
「ここであってるよな?」
茜からは『四時半から活動しているので少し時間を潰しておいてください』と言われたので自習室で三十分ほど勉強してきたのだ。
そして、しばらくスマホを見ていると、四時半ジャストにスマホに通知が届き
『入ってきて良いですよ』
大樹はドアをノックして文芸部室に入るのだった。
パーン
「うわっ」
ドアを開けた瞬間、目の前から聞こえた炸裂音と飛び散るカラフルな紐のようなものにびっくりして廊下の壁に背中をぶつけた大樹は軽くうめきながらその原因を見る。
大量の本が積まれている机の前には一人の少女が。ボサボサの髪が目にかかっていてほとんど見えず、猫背気味な大樹の友達。佐渡茜がいた。
右手にはクラッカーを握りしめている。
どうやら歓迎のつもりなのだろう。
大樹は顔にかかったテープを取り除き
「えーっと、今日から入部になりました。草宮大樹です。よろしくお願いします」
一応挨拶は礼儀正しくしておこうと頭を下げた大樹に茜は少し笑みを見せて
「なんですかそれ。大樹君のキャラじゃないですよ」
くすくすと、柔らかく微笑んだ。
というか、普通に可愛いんだよな。
普通にタイプの顔してるし性格もとっつきやすい。髪を切って姿勢をちゃんとすれば美羽とか皐月レベルでモテる。絶対。
「いやー。だって、高校初の入部だし。一応茜は先輩だし」
「同級生じゃないですか。フランクにいきましょう」
なんか今日の茜はちょっと楽しげでアクティブだ。
「なにか良いことあった?」
そう尋ねると、茜はピタリと止まり
「よく気付きましたね」
茜は大樹の方を見上げて
「部員がやっと二人になったんです。こんな嬉しいことがありますか」
「なんか茜ってさ」
大樹は口を開いた。茜はどうしましたかと本を机から取り出しつつ大樹を見た。
「なんだかんだで一人で過ごすの嫌だよね」
ピクリと茜は肩を震わせて
「そんなことはないです」
いつもより冷淡。それでいて硬いわけでなくどこか弱さを抱えているような声。すぐに地雷を踏んだと理解した。
慌てて大樹は
「やっぱり今のナシ!ごめん!」
全力で謝った。
「まあ、そのことは今はいいです。ところで、本持ってきたんですよね。そして今日やることも知ってますよね」
「うん。この本だけど、良いかな」
大樹はカバンから一冊の文庫本を取り出す。それをチラリと見た茜は
「初見の本ですね。ぱっと見ミステリでしょうか」
大樹の手元には黒っぽい本が握られていた。
お気に入りの一冊。基本的に大樹はあまり本を読まないタイプの人間で、中古店で購入し、数回読んだら次に開けるのは一年後とか。
そんな大樹が唯一二年前に購入し何度も繰り返し読んでいる本。茜の言ったミステリという予想は外れている。
「いや、ただの青春小説だよ」
「ほお。どんな本なのですか」
大樹はその本の概要を聞かせた。
大怪我で夢を諦めたサッカー少年とトラウマで心を折られた少女のひたむきな覚悟の物語。
最初は消極的だったがある日を境に二人は立ち上がり、儚くも美しい奇跡が起こる。
大樹の話をうんうんと聞いていた唯一の文芸部員にその本のタイトルを教えると茜はスマホを凄まじい勢いで操作し、カバンを持って立ち上がった。
「今日は私は帰ります。急用ができました」
そうして勢いよく部室から出ていった。
一人取り残された大樹は大量の本に囲まれたこの部屋を少し観察することに決めたのだった。
翌日
『今日も活動してます。というか来てください』
茜からメッセージが送られてきてそれに返信したのと美羽が昼食中の大樹と楓哉に突撃してきたのはほぼ同時だった。
「放課後あそぼ!カラオケ!皐月もさっき呼んだ!」
テンションの塊の来襲に大樹と楓哉は少しびっくりしたものの
「オッケー。何時間?」
「三だよー。タジュは?」
「すまね。今日は先約ある。他校の友達とゲーセンだわ」
正直に文芸部と言えたら楽だろう。しかし、楓哉と美羽。特に美羽に絶対邪推される。それだけは避けなければならない。
「そっかー。先約かー。それは残念」
シュンとした様子の美羽だったが、すぐに楓哉の方を向いて
「ねえねえ楓哉!皐月の今まで歌ったことない好きな曲知りたいかね!?」
「な、なに……!!!それは是非!」
となんかキャラの変わった二人を見ながら大樹は卵焼きを口に放り込んだ。
(母さんがフィンランド行く前に作り方教えてもらおう)
大樹は文芸部室の前にいた。茜は大樹が丁度教室を出る頃先生に呼び止められており、大樹も残ろうとしたのだが茜と先生に拒否された経緯がある。
まあすぐ来るだろう。
そう考えた大樹は昨日の本を開けてしばらく読むことにするのだった。
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