第18話 文化祭準備③

「ねえ、タジュ。文化祭一緒に回らないかな……!!」


 ドームの組み立てを始めようと教室に入った途端美羽が話しかけてきた。片手には原稿が握られている。

 ああ確かに美羽読み上げ担当だったなと思いながら、


「2日目なら良いよ」

「おっけー!ありがとう!」

「ところで、1日目はダメなの?」


 大樹は言葉に詰まった。約束は守らねばならない。3割ぐらい状況を理解している美羽に知られても揶揄われるだけだほうが、この10人以上がいる教室、誰が聞いているのかわからないし、そもそもだからと言って約束を破っていい理由にはならない。


 なので、ちょっと真実と嘘を織り交ぜて、


「他校の仲良い女子」

「彼女?」

「いや、普通に仲良いだけだから双方恋愛感情は持ってない」

「あたしとその子どっちが仲良い?」


 少し迷った。しかし、関わった日数と思い出の数的に、


「普通に美羽」

「よかったー」


 そうして美羽は「まーた天文部と録音だよー」とやれやれと言うようにため息をつき教室を後にした。


「へえ、大樹。1日目誰と周るのかしら?」

「お前は関係ない。指揮してろ」

「無愛想ね」

「仕方ない」


 皐月がテキパキと指示を始めたのを耳に入れながら大樹は足元の角材を手に取り教室の中心のみんなが集まっている場所に向かうのであった。




 私こと佐渡茜は誰もいない文芸部室でホチキスを使って部誌の作成をしていました。


「なかなか終わりませんね」


 私は10枚ほどの紙を一掴みし表紙、裏表紙の紙で挟んでホチキスで留めます。

 パチッという音が無音の中に何度も響きます。


「こんなことなら大樹君にも頼んで手伝ってもらうんでした」


 しかし、


「でも大樹君は大樹君の役割がありますし、入部3日目の部員を駆り出すわけにはいきません」


 10数枚の紙に打ち込まれた文字は全てわたしが綴ったもの。部員が誰もいないためのびのびと文字を入力できるのです。

 そのためちょっと連載というのを考え始めている私ですが、そこまで大作を作れる自信がありません。

 積まれた50部の部誌。あと半分。ただ悲しいことに文芸部のスペースはこの部室の前なので気軽に手に取れる訳なく、3人の先輩は4分の1減ってたら良い方とおっしゃっていました。

 ため息が溢れる。私は伸びをした後再びホチキスを手に取り紙を留めていきます。


 ノックがした。私は体の動きを止めてドアの方を見ます。


「どうぞお入りください」


 私はドアの向こうに声をかける。蝶番が軋んで開いたドアの奥にいたのは、大樹君を除き人と関わらない私でもよく知っている女子。クラスの人気者。


「柊木さん。どうしましたか?」


 柊木美羽さんは人好きするような笑顔を浮かべて、


「佐渡さん文芸部だったんだ」


 彼女は部屋をキョロキョロと見渡しています。


「わー。凄い量の本。これ全部佐渡さんの?」


 何をしにきたのでしょうか。私は少し警戒しながらも首肯します。そして彼女は私の手元のホチキスと大量の紙の束を見て、


「暇だし、手伝うよ!」


 しかしホチキスは1つしかありません。そのことを理解した柊木さんは、


「じゃああたしがこの紙を揃えるから佐渡さんはホチキス留めしてね」

「分かりました」


 そうして分担作業の始まりです。




 効率は非常に上がり、10分ほどで全ての作業が終了することになりました。


 感謝の意を伝え、茜が部室前のスペースに部誌を積み、お礼にチョコレート菓子を1つ渡したのだが、柊木さんは帰りません。それどころか私の顔を覗き込んでフリーズしています。前髪で隠れてほとんど見えないはずですが。


「佐渡さん。いや、茜ちゃん」


 唐突に名前呼びをしてきた柊木さんにちょっと驚きつつもわたしはどうしたのかと尋ねます。


「あたしは負けないからね」

「負けない、とは?柊木さんと勝負をした覚えはないのですが」

「タジュのこと」


 タジュ=大樹君と頭の中で変換するのに数秒かかり、それから私の脳の演算が状況を理解するのにも数秒かかりました。


「あたしね、タジュのこと、草宮大樹のこと好きなんだ」


 もちろん異性としてね、と柊木さんはニッコリと無邪気な笑みを浮かべました。


「!?」

「ああ、驚いちゃったか。まあそりゃ驚くよね」


 だって多分茜ちゃんもタジュのこと好きだもん、と柊木さんは続けました。


「いえ、そのことは少しも驚いてませんよ」

「え」


 そもそも私が驚いたのは大樹と私が関わりがあるということを知られていたことに対してのことです。


別に柊木さんが大樹君のことを好きなのは傍目から見ても分かります。あの距離感、ほぼ付き合っているでしょうと思っていました。


 なので大樹君と話した時も彼女持ちの方として接していました。しかし、そんなことはなかったようです。大樹君の接し方は本人が『いつメン』と呼んでいる陽キャさんの集まりは平等で、これまた本人の言った通り同性異性関係ないようでした。


「え、茜ちゃんがタジュのこと好きなのかタジュが茜ちゃんのこと好きなのか、どっちかといえば後者だとあたしは思ってたんだけど」


 しかしそんな私の独白を知らない柊木さんは、少し驚いたように目を丸くしたあと、


「もしあたしがタジュと付き合えたら茜ちゃんはタジュとあんまり関われないよ」


 そんなことわかっています。ですが、別に良いのです。私はまだ恋愛感情を抱いているわけではありませんし、何より、まだ恋愛ができるわけではないからです。

 理性ではわかっていた。でも、このモヤモヤはなんなのでしょう。

 寂しさ?いや、そんなわけない。でも、


「それは少し嫌ですね。数少ない友人ですので」

「キター!」

「はい?」


 唐突に手をグーにして突き上げる柊木さんに困惑したような顔になってしまった私は素のリアクションをとってしまいました。


「いやいや!少女マンガの定番!ある男の子が好きな女の子!でも今その彼に1番近いのは別の女子!互いに宣戦布告をして今ここで熱い恋愛バトルが始まる!いまここなの!」

「はあ」


 テンションMAXの柊木さんは私の顔を見て、


「髪上げてみて!」


 私は混乱しつつも言われたように右手を髪に持ってきて目元を出すようにします。


「おお!あたしのライバル、やっぱり超大物だー!可愛いー!」


 さらにテンションが上がり限界突破した柊木さんにびっくりしつつもそれでも柊木さんは楽しそうでさほど悪い気はしない私でした。




 柊木さんが立ち去り際に耳打ちして、


「このことは秘密ねっ」


 私は、


「もちろんです」


 そう返したのでした。




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