第19話 文化祭準備④

 他のグループの作業はもう大詰めなのか教室の中に角材のドームのようなものが組み上がってきていた。


「みんなー差し入れ買ってきたぞー」


 先生が3つ程のビニール袋を掲げる。


「うぉーー」

「キタァァァ!!!」

「先生、最高っす……」


 歓喜に沸くクラスメイトの中には涙を流し始める者もいる。

 先生は袋を床におろし、


「ほら、1人1個」


 中にはチョコとバニラの飲めるアイス。フーリッシュが大量に入っていた。

 大樹はバニラを手に取り早速飲んだ。9月とはいえ暑いものは暑いので体が冷やされていく心地よさに大樹は目を閉じた。


(さて、少し休憩したからこっちも大詰めといこうか)


 ゴミ箱にフーリッシュのゴミを入れた大樹は角材のドームと大量の黒い厚紙、ダンボールを見遣り、


「これ貼り付けたら終わるぞー」


 そう声をかけた。そうしてもうじき完成すると思ったみんなは動き出した。




 きっかけは簡単なミスだった。


「あれ、少し足りなくない?」


 誰かが声を上げる。大樹を含めもう完成したと休憩していた人の目がそちらへ向かう。

 移動して現場を見る。どうやら1番上の厚紙の面積が少し足りず、木の枠と少しの空洞ができているらしい。


「これくらいなら誤魔化せない?」


 皐月がそう言ってガムテープを取り出した。それを引っ張り黒のマジックテープでグリグリと塗りつぶし、


「ほら、これをこうやって貼って……」


 皐月は脚立に登り、

 すると、一応穴は埋める事はできたらしい。そして、皐月が降りようとした時、1番上の空いた小窓から小さな黒い物体が入り込んできた。


「蜂っ!?」


 脚立の上に立ち丁度小窓の目の前にいた皐月はその勢い良く入り込んできた蜂が顔面に衝突しそうになり、のけぞった皐月は倒れ込む。


 角材は木材であるがドームのダンボールや厚紙を支えられるだけの強度しかないためすぐに折れていく。


「うわっ!」


 大きな破壊音が鳴り響き、プラネタリウムのドームに落ちていく。


「皐月!」


 楓哉が駆ける。

 ここで抱き止められたら主人公だろう。しかしドームの入り口から体を滑り込ませて高さ2メートルから落下する人を抱き止めることができる身体能力お化けは存在しない。


 唯一できたのは、皐月の落下地点にスライディングすることだけ。


「三枝さん大丈夫ですか!」


 わらわらと人が駆け寄ってくる。皐月は少し呻いた後に上体を起こし大丈夫よと言い、その直後にドームの破壊具合を見て強く目を閉じた。


「ごめんなさい。私のせいで……」


 皐月の目尻から一筋の涙が走る。


「大丈夫まだ時間あるから間に合うよ!」

「安心して。角材は大量に予備あるから」

「そう、みんな、ありがとう」


 皐月は涙を拭い、そして気付いたのだろう。


「え、あれ?」


 そうして皐月は自分が寝転がっているソレに気がついた。


「楓哉!?」

「怪我がないようでよかったよ……」


 楓哉は両の手を床についてゆっくりと起き上がる。


「楓哉は大丈夫なの!?」


 楓哉は何度か飛び跳ね、


「うん。問題ないよ」


 受け身もとったからね。と言って例のイケメンスマイルを見せる楓哉に周りの女子は、


「さすが空手全国クラス……」

「それでいてあんなイケメンなの罪じゃない?」

「あの三枝さんがちょっとトロンとしてる……」


 男子は、


「あれには勝とうとは思わねえわ」

「あれ完全に水無月は委員長のこと好きじゃん」


 大樹はその様子を見たあと、ダンボールの損傷具合を確認して、


「なあ、結構ダンボールと厚紙がやられてるから俺と楓哉で買ってくるわ」

「ダンボールはあるから大丈夫。厚紙だけかな」

「りょーかい」


 先生に外出許可を貰い、カバンから財布とスマホを取り出す。


「さあ、行くぞ」

「ああ」




「それで、どこやったんだ?」


 廊下を出て数歩歩いた大樹は楓哉に尋ねた。

 受け身を取ったと言っているが自分から滑り込みに行き、上から人1人の体重の自由落下を皐月に怪我がないように受け止めたのだ。


 受け身は取れたとしてもほぼ効果なし、なんならむしろ受け身を取ることすら叶わないだろう。


 楓哉は呆れたようにため息をつき、


「流石に大樹には気付かれるか」


 左肩に手を当てて顔を顰めた。


「保健室行ってくるか?あの量の厚紙に2人も要らん」


 しばらく楓哉は眼鏡の奥の目を泳がせたのち、


「じゃあ、そうさせてもらうよ」

「おう。何か言われたら壁に肩を打ったことにでもしておけ」

「それ僕がフラフラしてたみたいに思われない?」

「実際してるだろいつも」


 楓哉は基本気楽でフワフワした人間である。空手になると急に纏うオーラが変わるが平常時はむしろ危なっかしい部類に入る。


「否定できないのなんか悔しい」

「じゃ、保健室で氷でも借りてろ」


 保健室で丁度楓哉と別れる。


「さて、買い出しに行きますか」


 大樹は歩みを進めた。




「お、茜だ」


 茜が丁度旧校舎に入っていくのが見えた。小さめのホワイトボードを手に持っている。


「なんか文芸部の部誌執筆やってみたいな」


 まあ来年の文化祭ではできるだろうからそれまでに文章力を磨いておかないとなと思いつつ大樹は靴を引っ掛け西日の差す校庭へと踏み出した。




 厚紙を買うためにまず向かうべきは商店街。基本なんでもある。

 大樹は紙店で良さげな黒のボール紙を見繕っていた。

 それをレジに持って行きお金を払う。


「その制服、君秦明の子?」


 店員の中年男性が話しかけてきた。ザビエルみたいな頭をしている。


「ええ」


 するとザビエルさんはうんうんと頷いたのちに、遠くを見るような目で、


「秦明かー。勉強は大変だろうけど頑張れ少年。決して僕みたいに友達彼女ゼロで卒業するんじゃないよ」


 リアクションに困るので適当に相槌を打ち、


「では、ありがとうございました」

「まいどー」


 さて、一旦皐月か美羽に進捗を聞いてみるか。

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