第108話 甘い夜に
「茜!?」
流石にこれには声を出さずにはいられなかった。その人差し指を包んだ温かい感触が離れる。
大樹は目を開ける。真っ暗で何も見えないが、とりあえず茜が狭いベッドで正座をしているのはよくわかった。
「本当に申し訳ございませんっ!」
「顔上げてお願いほんとに頼むから」
電気をつけると茜が土下座をしていた。それに面食らった大樹はとりあえず茜にベッドに腰掛けてもらった。
大樹はその横に腰掛けて茜の方を向く。
「さっき何してたの?」
できるだけ責めるような口調にならないように注意しながら彼女にたずねる。
「その、大樹君の人差し指を……咥えました」
茜は膝を見つめながらおずおずと答える。
「茜」
大樹は自分の人差し指を見る。少しばかりてらりと光を反射するそれはなるほど確かに唾液のようなもので濡れている。
茜は大樹の方を不安げな瞳で見た。その目は怯えた小動物のようなものであった。
「好きだ」
大樹は彼女の体を思い切り抱きしめた。彼女はびっくりしたように体を硬直させたあと、安心したように体の力を抜き、後方に倒れ込んでいった。
このままだとベッドと大樹に茜が挟まれてしまうので咄嗟に両の手をベッドにつく。
「ひゃっ」
そんな可愛らしい声が聞こえてそちらを見下ろすと、茜が体を少し蠱惑的によじらせながら大樹を見上げた。
「そ、その、もしかして、今から……」
何かを待つような、期待するようなそんな熱を持った目で。
「いや、しないから」
大樹はぎこちない苦笑いを浮かべて茜の上からどく。
茜はキョトンとした顔でむくりと起き上がった。
彼女は大樹の方をじっとみて頬を膨らませる。
「いたいけな女の子を押し倒しておいて一切手を出さないなんて……」
「もしかして茜手出してほしかったの?」
二人で布団にくるまりながら会話を交わす。真っ暗な部屋の中では彼女の息遣いや温かさがよく感じられてドキドキする。
「その、えっち、をしたいわけではないんですけど、きす、くらいはしてほしかったです……私が魅力的に思われてないんじゃないかって心配になります」
「……なるほど」
茜の口から飛び出る単語に気恥ずかしさを覚えながらも大樹は彼女をそっと抱き寄せる。
彼女を離さないと主張するように一度力を込める。
「ごめんな。伝わってなくて。茜は十分魅力的だし、なんなら溢れてる。だから……」
こっちを向いて、と。そう伝えた。
腕の中でモゾモゾと彼女が顔を出す。その額に大樹は口付けを落とした。そっと、触れるだけ。
茜はビクンと体を震わせた。
なるほど、今まで茜からだけだったから分からなかったが、する側はこんな感じなんだな。
唇という人差し指ほどの面積しかないはずのそれが一瞬触れただけなのに感じる多幸感の量はとんでもない。
「ごめん、もう一回」
「は、はぁぃ」
大樹は再び茜の額に唇を触れさせた。
それを離して、茜を少し引っ張って目が合う位置に持ってくる。
目が合うと茜は照れたようにはにかんだ。
「茜」
頬にキスをする。
「大樹君」
彼女が大樹の髪の毛をそっと撫でる。
唇を離す。
目が合った。離そうとしてもそれは引力を持つかのように引き剥がすことなんてできずに、互いに熱を帯びた声を発する。
「あかね」
「たいじゅくん……」
彼女はゆっくり目を閉じて、ちょっと不器用な感じで唇を突き出した。
大樹はそれに吸い込まれるようにして顔を近づけて、優しく彼女の後頭部を抱き寄せる。そして、目を閉じて───────
二人の唇が触れ合った。
最初はかさついていたが、触れ合っていると次第に柔らかく、すべすべした感触に変化していった。
「んっ、んぅっ」
茜の唇から漏れる吐息が艶やかで、大樹の中で燻る熱に薪をくべる。
大樹はさらに強く唇を押し付けた。その、どこまでも甘い彼女を味わうために。
「っぷはぁっ!」
茜が背中を訴えかけるように叩いてきたので離れると茜は息が限界だったのか勢いよく息を吸い込んだ。
その後しばらく息を整えたあと、茜は自身の唇をしきりに指で触っていた。
「ふぁーすときす、です」
「一緒だ」
「そ、その、もう一回……すっごく気持ちよかったです……」
茜は潤んだ瞳でこちらににじり寄ってきた。大樹は彼女に目を合わせてにっこりと微笑んだ。
「はじめて、なのにこんなに激しく求められちゃいました」
「語弊があると言いたかったけどそんなないな」
明らかに互いの理性のタガが外れていた。現在なんと午前五時。茜が大樹のベッドに潜り込んできたのがちょうど日が変わったあたりであったから実に五時間ほど経過したわけである。
断じて互いの性的な部分には一切触れていないが、寝ることなくハグ、キスを繰り返したせいでお互い疲れ果てている。
「茜。寝ないか?」
「ふわぁ、そうですね……大樹君とは充分イチャイチャできましたし、満足です」
「そりゃ良かった」
大樹は茜の頭を撫でた。彼女は蕩けた笑みを見せて大樹の胸に縋り付くように服の襟を掴んだ。
そしてそのまま顔を上げて一言。
「もう一回だけ、キスしてください」
大樹は再びキスをして、強く彼女を抱き寄せた。
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