第79話 本命に決まってるじゃないですか!
二人は原稿を見ながら部活紹介の練習を続ける。
間の取り方、掛け合いのテンポ、それでいて文芸部の魅力が伝わるような内容か。
それぞれ担当箇所を読み合って改善点を伝え合う。
会話劇の予定だが大樹の計らいで笑いが散りばめられている。そんな原稿のため読み上げるのは相当な覚悟が必要となる。滑ったら終わりだ。
「大樹君。やっぱりここ変えませんか?」
「いやー。でも可愛い先輩がいるっていうのも文芸部の魅力……」
「……私は大樹君さえ可愛いと思ってくれたらそれで満足ですから」
「っ」
茜の照れたような笑みと少し早口な言葉。髪を切っていることで茜の表情が最大限見える。
そこには初対面の頃の冷たい印象のあった彼女はどこにもいなかった。
帰り道、冬なのですでに暗い道を二人で歩いていると茜が急に立ち止まった。
「ああっ!」
そんな小さな悲鳴を上げた。大樹は茜の姿を捉えてたずねる。
「どうした?」
彼女は慌てたように大樹に向き直り
「ごめんなさい!」
そう頭を下げた。理解ができない。茜は何に対して謝っているのか。
「何に対して謝ってるんだ?俺は全く心当たりがないけど」
すると茜はひどく言いづらそうにして
「そ、その、バレンタインチョコレートのことですが……」
言われて思い出した。確か茜が大樹に作ってくれると言っていた。
「家の冷蔵庫に忘れてきました……」
茜の話はこうだった。
カバンにチョコレートを入れてあったがあの騒動で教室に放置したまま帰ってしまい、その日の夜に学校で回収したらしい。
それから冷蔵庫に入れておき、今日渡そうとしたが忘れていたらしい。
頭を下げたまま動こうとしない茜に大樹は笑いかけて
「じゃあそのチョコは茜の家にあるわけだ」
「はい」
「今から取りに行こうか」
「え、でも、良いのですか?大樹君の家ってあの交差点を左に曲がったところですよね。私の家このまま直進ですよ?」
「良いよ良いよ。五分くらいしか変わらないし……」
大樹は茜と視線を合わせるためにほんの少ししゃがみ
「好きな人からのチョコは早く食べたいから」
「……」
「茜?」
「#/&ゅ〒ン!?!?」
「うわっ」
茜は意味不明な言語を撒き散らしながら再び俯いてしまった。
「茜、一回落ち着こう」
「…………はい」
「OK?」
「はい。落ち着きました」
「よし、いこうか」
「わかりました」
大樹と茜は横に並んで歩き出した。
「少し待っててくださいね。すぐに取ってきますので」
茜の家の前に着くと門の前に大樹を置いて鍵を開けて門の横のドアに入っていく。
「うう、寒っ」
二月中旬の夕暮れはかなり冷える。今しがた枯れ葉を運びながら乾いた風が大樹に吹きつける。
大樹はリュックサックからカーディガンを取り出してそれを羽織った。
「お待たせしました」
茜が紙袋を携え戻ってきた。そしてその青を基調とした袋を大樹に突き出して
「はい。バレンタインチョコです」
「一個聞いて良い?」
「はい。どうぞ」
大樹は逡巡してたずねる。
「義理?本命?」
茜はキョトンとしたようにしばらく目を瞬き
「本命に決まってるじゃないですかー!!!」
冬の底冷えする空に茜の声が響いた。
「兄さん。そのニヤニヤ気持ち悪いよ」
「良いだろ別に。兄が元からこの顔だったらお前はどうするんだ」
「兄さんの元の顔は違うの知ってるからその仮定が成立しない」
「仮定してみろ」
「背理法証明?多元宇宙論?」
「多元宇宙論ってなんだよ。背理法は知ってるけどさ」
「簡単に言ったらパラレルワールドの話」
「難しそうだな」
「ボクもそう思う」
「縁で無理なら俺も無理だわ」
「それで、なんでそんなにニヤニヤしてんのさ」
「バレンタインチョコもらった」
「ちょっと遅くない?三日前だよ」
縁が訝しげな視線で大樹を見る。
「その子バレンタインの日早退してさ、今日もらった」
「ふーん」
縁は大樹を見る目の温度を少し下げた。
「兄さん、もしかしなくても彼女できたよね?」
「まあな」
「佐渡さんだっけ?文化祭の時兄さんといた人。その人だよね?」
「ああ」
すると縁は屈託のない笑みを浮かべて
「じゃあお姉ちゃんができるのかー」
「何年か後だけどな」
「え」
「は?」
「ちょっと待って、もしかして佐渡さん一筋で生きるつもり?」
縁の上げた素っ頓狂な声に大樹は大真面目な顔で頷く。
「当たり前だろ。俺が今まで誰とも彼女作らなかった理由だからな?『添い遂げる人以外とは付き合わない』ってな。さっきも縁言っただろ。『お姉ちゃんができる』ってな」
「いやそれは鎌をかけただけ」
「ほお?」
縁は自分の予想が外れたと目を見開く。そのあと顎に指を当てて
「母さんにはたくさん恋愛しろって言われたけどそういうのもアリだね」
そう呟く縁はほんのりと頬を染めていた。
「縁、当ててやろう」
「何を」
「お前が今何を考えているのかだ」
すると縁はニヤリと笑みを浮かべた。
「IQ160の思考を読み解けると。やってみな」
「当てれたら?」
「冷蔵庫にあるようかん」
「よし」
大樹はしばらく考えるふりをして
「御影煌」
「!?!?!?」
「その様子だと当たりっぽいな。ようかんもらうぞ」
「ちょちょちょ!なんで分かったの!?」
大樹は呆れたようにため息をついてとりあえず続きを語るのだった。
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