第80話 君の隣に堂々と

「お前クイズ大会終わった後に告白するとか、そんなこと考えてるんだろ?」

「なんで分かるの!?」


 縁は意味がわからないというふうに瞬きを繰り返す。


「いやいや、分かるだろ」


 伊達に十四年も彼女の兄をしていない。確かに彼女の思考は常人の発想の域を軽々飛び越えるが大樹はきっと彼女の上をいくであろう存在を知っている。

 また、最近ほんの少しだけだが本当の怪物服部会長の思考を読み取れるようになってきたのだ。

 その二つの理由で大樹は縁の思考をそこそこ読み取れる。


「うんうん。俺の妹も春がやってきたかー」


 大樹は訳知り顔で頷くと縁が眉を顰めて叫ぶ。


「放っておいて!」


 そうして彼女はドタバタと自分の部屋へと避難した。




 勉強の合間にバレンタインにもらったチョコをつまんで食べる。

 普通に美味しい。


 バレンタイン当日にもらったもののうち手作りのものはすぐ痛むので土日に食べた。その中にいわゆる『やばいものが入っている』チョコレートは一個もなかったので安心している。


 そして金曜日にもらったチョコレート(市販)のものも半分ほどになったところでそのことに気がつき立ち上がる。


「茜が何くれたのか見てなかった!」


 あの紙袋の中身を大樹は見ていない。それはすでに冷蔵庫の中に安置してある。


 大樹はおもむろに立ち上がってリビングへと向かうのだった。




 冷蔵庫を開けようと大樹がリビングに降りると母侑芽華が大樹に向けてからかうような笑みを浮かべてキッチンに立っていた。


「あらあら」

「……なんだよ」

「茜ちゃんから良いものもらったわね」

「中身見たのかよ」

「いやいや、見てないわよ。推理よ推理」


 侑芽華は冷蔵庫からその袋を取り出す。それを大樹に突き出して言う。


「ほら、これが欲しかったんでしょ?」

「なんか釈然としないがまあ良いか」


 大樹はその紙袋を手にとって自分の部屋に戻るのだった。




「ほわぁ」


 変な声を漏らした大樹は机の上に置かれたチョコレートを見る。形は普通のチョコレートで、味も普通に美味しいものだったがとにかく心が満たされるものだった。

 しかも、しかもだ。手作りである。もう素晴らしい。


 大樹は勉強を再開するためにチョコレートを袋に戻し、その袋を机の端によけようとしたところ、中にチョコレート以外の何かがあることに気がついた。そこにあったのは小さな封筒、くまのイラストが描かれている。

 大樹はそれを取り出して封を切る。中には一枚の便箋。大樹は期待を込めた手つきでそれを開けた。飛び込んできた文字列。


『大樹君。好きです』


 大樹は机に頭をぶつけた。あ、やべ、角だ。


「兄さん!うるさい!」




「いてて……」


 保冷剤を額に当てて寝転がっている大樹の部屋に縁がやってきた。


「何やってるの兄さん」

「ちょっと机の角に頭ぶつけて悶絶してた」

「あらら。大丈夫?あと、この紙袋何?あれか。佐渡さんからのチョコレートと、手紙だね。手紙は流石にみないでおくよ」

「良識ある妹で助かる」


 そこから妹と雑談を交わし、階下から「二人ともご飯できたよー」と侑芽華の呼びかけがかかった。




「お、あったあった」

「やっぱり皐月すごいね」


 数日後、大樹と楓哉は一年担任室前に張り出された紙を見ていた。

 学年末試験の上位者が発表された。上位五十人が張り出されている。

 大樹の名前はその紙の真ん中あたりに書かれていた。24位だった。美羽は今回やる気のあったのか40番ほどに名前が書かれていた。


「まあこんなものね」

「喜び隠しきれてないぞ」


 気づけば皐月が横におり、紙を見て満足そうにしていた。

 今回彼女はなんと学年1位である。いつも3位ほどに名を載せていた彼女にとっては大快挙であった。

 その少し下をみると4位のところに茜がいた。


「ちなみに楓哉はどれくらいだったのかしら?」

「留年回避」

「具体的な数字でお願い」

「皐月の半分くらいの点数」

「はあ、分かったわ。今度うちに来なさい。勉強教えてあげるわ」

「文系科目でお願い」


 横で行われている掛け合いに大樹は口角が吊り上がっていくのを感じた。

 そのことを悟られないように大樹は二人にことわり立ち去ったのだった。向かったのはその人混みから少し離れたところに立っている少女。


「よっ」


 大樹は片手をあげて声をかける。その少女、茜は大樹に気がつき歩いてくる。


「あ、大樹君。私どこに居ました?」

「四位だったぞ。すごいな。おめでとう」

「四位でしたか。手応え的には二位とか三位だったんですが……」


 少し肩を落とした茜。


「いやいや俺24位だからね?点数も茜より30点くらい低い」

「でも、もう少し上に立たなければ大樹君と釣り合えません」


 茜はしょんぼりと言った具合で肩を落とし俯いた。


「釣り合ってるからそんな落ち込むなって!なんなら俺の方が釣り合ってないから!」

「でも大樹君はなんでもできてすごいです……ですが私にはこの頭脳しかありません」

「いやー、どうだろ。茜ってすごい魅力的だからさ」

「あの……!ちょっと、こんな人混みで褒めちぎらないでください……!」


 茜は口元を忙しなく震わせて涙目で大樹を見上げたのだった。










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