第51話 一歩前進①
『あ』
「うん」
『トテモオハズカシイトコロヲオミセシマシタ』
そう言って茜はスマホを伏せたのか視界が暗転し、十秒ほど経って、再び茜が映し出された。
今度はジャージが正しい向きを向いている。
ただ茜はこちらを見ようとせず枕に頭を押し付けている。
「茜、どうしたんだ?」
『ひっそうのふはふへふ……』
「いや聞こえん」
枕に強く押し付けているのだろう。ずっとフガフガ言っている。まあ可愛いからいいや。あ、枕剥がした。
『すみません。取り乱しました』
「誰だってミスもあるし仕方ないよ」
『そうですね。ありがとうございます』
茜が枕を抱きしめながらほんのり恥ずかしそうに頭をぺこりと下げる。
しばらく無言が続く。二人とも話すことがなく、ただ無言で見つめ合っているだけである。文に起こすとカップルのようなものだが無論二人はそんな関係ではない。
そして、茜が口を開く。
『昨日のこと、大丈夫でしたか?』
茜はどうやら心配しているらしい。
「あんまり寝れなかったな」
事実を伝える。あまり寝れなかった。それはなぜか。茜が抱きしめてきてその感覚がいまだに残っていたからである。
茜の体温や鼓動、柔らかい匂いを感じられて昨夜は神経が興奮状態であった。
ただ、そんな事実を知らない茜はどうやら昨日のアイツとのエンカウントが非常に大樹にとってショッキングな出来事だったと感じたらしく、
『具合は大丈夫ですか?』
「あのことは問題ないんだ。茜が慰めてくれたからな。ありがとう」
『それは……どういたしまして。では、どうして昨日の寝つきが?』
正直に言っていいだろうか。しばらく考えて、大樹は別に良いと判断して事実を伝えた。
もちろん、いい感じに濁して。
「前言ったと思うけど俺は彼女いたことないんよ」
『そうでしたね。すっごく意外だったのを覚えてます』
茜は興味津々といった様子で大樹に目を向ける。
大樹は一息ついてその事実を伝えた。
「家族を除いたらハグされたのは茜だけで、あれが初めてだった」
『ほお、そうです……かっ!?』
途中まで相槌をつきながら聞いていた茜だが途中で表情が驚愕に満たされ、目を大きく開いて小さく跳ねた。
それに気づかないふりをして話を続ける。というか、構う余裕は大樹にない。これでもだいぶ羞恥を我慢しているのだ。
「だから強烈に印象に残りすぎて寝れなかった」
『あ、あわ、は、た、わわ……』
「大丈夫?」
意味もなくあ段の平仮名を量産しだした茜に心配の一言をかけると
『(#!?/☆%〒|:!!』
「うおっ」
茜はスマホに枕を押し付けた。視界が真っ暗になり、
『すみません今すごい恥ずかしいので電話切りますすみません!』
早口でそう言われて電話が切られる。
「えっ、あ」
電話を切られて呆然とした大樹だが、数秒後にRIMEで、
アカネ『おやすみなさい。先ほどはすみませんでした』
と来た。それに簡単に返信しておいたあと大樹はベッドに仰向けに寝転がったのであった。
大樹は最近寝る前に時々考えることがある。それは好きな人がいる人間特有の、『どうやったら付き合えるかな』というテーマについてだ。
現状大樹が勝手に片思いしているだけであり、それを実らせようと努力はしているが、茜が振り向いてくれる保証はどこにもない。
確かに男女の仲としてはかなり親しい方だとは自負しているし、茜の知り合いで最も距離が近いのは大樹だという自信もある。
それでも踏み込まない理由───────
それは、茜の言うトラウマのこと。
前から少し考えていた。茜のトラウマ、彼女の持つ潰瘍の根のこと。
茜があの日気絶した直前の会話。そこに何かしらの鍵が隠れているはずなのだ。
あの時の会話。大樹は茜と一般に恋バナと言われる類の話をしていた。茜に気になっている人がいると言われて、気になった大樹はそれについて問いかけて、少し喋った後茜が倒れた。
それまでは全く異変などなかった。
そこで出した結論が、茜のトラウマは『恋愛ごと』に起因するものではないのかということ。
それでも原因になりそうな理由は全く思いつかない。
「ああ、考えるの疲れた」
本来なら何も考えたくない誕生日に大量の思考を回したせいか疲れてあくびが出る。
「まあ、茜が話してくれるようになったらいいか」
無理に聞き出さなくとも茜が教えてくれるまでじっくり待つとしよう。時間はたっぷりとあるのだ。
翌日、大樹は学校につくと軽い違和感を覚えた。
楓哉は皐月と話していて、美羽が大樹に駆け寄って「おはよう!」と挨拶してきて、自席で茜が本を読んでいる。
それだけなのになんだこの違和感は。
大樹は美羽に挨拶をしてから自分の席に荷物を置き、隣の席の茜に挨拶をする。
そして
「おはよう佐渡さん」
「はい。おはようございます」
茜が本から顔を上げる。
そうして違和感の正体に気づいた。
当人は少し気恥ずかしげに眉尻を下げる。黒曜石の瞳が大樹をやんわりと映し出す。
「どうですか?」
茜が、目元を出していた。
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