第52話 一歩前進②

 目元を出していた、とは言ったが大樹と二人で出かけるときのようなものではなく、実際のところ少しだけ髪を分けてほんの少し目元が見えるだけである。

 しかし、それだけでもだいぶ別人のように思えてしまう。


 ただ他のクラスメイトたちはそもそも茜に目を向けようともしないのでその変化に気づいた人はまだいない。


「おはようございます。草宮君」


 小さく会釈した茜は大樹をじっと見やった。


「やっぱり茜は目元出した方がいいよな」


 小さく他人に聞き取られないような声。

 茜も声を小さくして


「今日は頑張りました」

「なぜに?」

「大樹君の傷のことを知りました。大樹君はそれに向き合おうとしている。信念を守ろうとしています。だから、私もちょっとずつ頑張ることにしたんです」

「……そっか」


 茜は勇気を出して一歩を踏み出した。

 楓哉だってそうだ。結局告白はしなかったがそれ相応の覚悟を決めて試合に臨んだと聞いている。


(なのに、俺はどうだ?向き合おうとしているとは言ってもほんの少しだけだ)

「どうかしましたか?」


 隣の席に座る茜は大樹の様子がおかしいことに気がついたのか首を小さく傾げている。

 大樹はそれに気がついて小さく笑い


「いや、なんでもないんだ」

「……そうですか」


 納得いかなさそうな顔をした茜が手元の文庫本に目を落としたのを見てから大樹は席に座ったのであった。




 ロングホームルームの時間、畑中先生が壇上に上がり開口一番


「文化祭が終わった。期末テストも終わった。そして何が始まるのか。分かるか?水無月」


 楓哉を指名する。今日は二十四日なので二十四番の楓哉が当てられたのだろう。


「え、僕ですか?」

「そうだ」

「何が始まるんでしょう」

「それを答えるんだ」

「お前なあ、この高校だけにしかないと噂のやつがあったろ」


 そのヒントに楓哉はハッとして


「もしかして、武道大会ですか!?」

「そうだ。正確には準備期間だが。本番自体は三学期にあるけど色々と準備が面倒なんだよなー」


 先生は黒板に武道大会と書いた。


 そしてクラス全体にプリントを配布する。

 大樹はそれに目を通した。

 要点はこうだ。


 種目は空手、柔道、剣道、弓道、薙刀の五個の運動系と将棋、囲碁の文化系がある。

 この中の種目で自身が所属している部活の競技には出ることも可能。そして空手と柔道には型と組手の二つがあり、組手の方は経験者もしくは親からの許可が出た者しか参加できない。

 そりゃそうだろう。下手したら普通に怪我する種目だ。学校側も慎重になる。

 どうやら剣道とか薙刀は演舞しかないようだが。


 ルールは基本各連盟のものを使用し、ところどころ素人のために簡略化されるそうだ。




 ホームルームが終わり、半分くらいの生徒が残っている教室で楓哉が話しかけてきた。


「大樹は何でるつもり?」

「いや、どうだろう。割と真剣に迷ってる」


 大樹の中で二つのせめぎ合いが生じている。

『一応大会だから空手には出ないほうが良い』のか『高校内での勝負だから別に出ても良い』のか。


 ただ、そのせめぎ合いを制したのは後者であった。


(俺は茜の隣に立つ。そして彼女を救う)


 そのためには自分が進まなければならない。

 大樹は少し期待したような表情の楓哉に伝えた。


「空手で出ますか」

「それでこそ僕の親友だよ」




「空手部ってないよな」

『そうだね。でも同好会なるものはあるよ』

「強いか?」

『大樹が中学校の実力保ってたら余裕でしょ』


 楓哉の評価を聞いた大樹だが、そこで気が付いた。最強のライバルがこの高校に存在していたという事実。


「楓哉出るじゃん」

『お、気付いた?中学校で東海優勝してそれからは引っ込んでいた人と東海二位だけどそれからも大会に出てる人。どっちが勝つかな?』

「多分楓哉」

『そこは虚勢でも大樹だと言ってほしかった』

「実際稽古の時でも楓哉に勝てなくなってたからな」

『期待してるよ

「誰だよあの変な名前つけやがったやつ」


 反撃王というのは中学の時にカウンターを主体で戦いを展開し勝利を掻っ攫っていく大樹に付けられたあだ名で、大樹本人は痛い名前だと思っているため認めていない。


 しかも、しかもだ。身内ネタで言われるのは問題ないが、東海大会を優勝した際のインタビューで決勝で当たった相手が、「自信はあったんですけど、流石は反撃王って感じですね」などと言ったせいで一部に反撃王が根付いてしまったのだ。


 そのちょうど一年後の大会があのお守り騒動となり、楓哉はその大会で東海大会二位になった。


『でも実際僕が大樹に勝てるとしたら反撃に反撃を重ねるしか無いんだよね』


 反撃王に少しキレていると楓哉は小さく笑って真面目なことを言ってきた。


「それに俺がカウンターして泥試合になったやつを思い出すがいい」

『うわー。あったねそんなの。絶対二度とやりたくない』

「俺もあれはしんどかったな」


 二人は空手の思い出話に花を咲かせるのであった。















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