第53話 つんつん

「さて大樹君。今私、正確にいえば文芸部が危機に瀕しています」

「なんかあった?」


 文芸部室、茜はいつものように本を読むことをせず、真剣な表情で手元にあるA4サイズの紙と睨めっこをしていた。


 大樹は茜の側に寄ってその紙を覗き込む。そして理解した。


「部員の数が足りません。このままだと廃部にされちゃいます」


 秦明学園の部活動は四人以上の部員が必要とされている。しかし悲しいことに文芸部に二年生は一人もおらず、三年生は夏休み前に引退している。


 そういうわけで文芸部の部員は現状大樹と茜しか存在しないわけで


「来年の一年生の子たちから何人か入ってきて欲しいですね」

「四月くらいにあったよな。部活紹介みたいなやつ」

「あれを相当に頑張らないと廃部……」


 服部会長から聞いたが、文芸部は長い歴史を持ちつつも常に廃部の危機と隣り合わせで生きてきたそうだ。特にここ数年はその傾向が顕著であり、部員が四人または五人で回ってきていた。


 ただ今回ばかりは異常らしい。新入部員が茜しかおらず、途中入部したのも大樹のみ。絶賛大ピンチだ。


 茜はほおっとため息をついて顔を上げた。


「次の新入部員は最低でも五人欲しいです。五人いればしばらくは安泰でしょう」


 ということで、と茜は大樹をじっと見た。大樹は何が始まるんだと少し緊張を走らせる。

 茜の小さな口が動いた。


「部活紹介の準備を今から始めたいと思います」

「なるほど。確かに早い方がクオリティも上がるし良い感じなのか」

「その通りです。では早速アイデアを出し合いましょう。部活紹介には三つ種類があるのはご存知ですよね?」


 茜は紙に文字を書いてそれを大樹に見せる。

 部活紹介の三つの種類とは『実演』、『ビデオ』、『スライドショー』のことだ。ここ数年文芸部はスライドショーを採用している。


「一年生達に一番インパクトを与えられそうなのは実演なのでしょうが、私がテンパって詰みそうな予感しかしないんですよね……」

「ああー」

「失礼ですね」

「何も言ってないけどな?」


 茜は少し頬を膨らませてこちらを見ている。

 とはいえ本気で怒っているわけではなく拗ねてみたとかそんな感じなのだろう。


 にしても可愛い。大樹は無意識のうちに人差し指を立てて茜の頬に触れて押し込んでいた。

 空気が口から漏れ出る音が聞こえ、頬風船は萎む。


「たたたた大樹君!?」


 とんでもなく慌てたような声が部室に響き渡り……




「あの、そろそろ頭を上げてください……」


 冷静になった大樹は茜に大きく頭を下げていた。

 本来なら土下座まで視野に入れていたのだがそれを構えた瞬間に茜に全力でストップを食らったので立ち上がって四十度ほど体を折り曲げる大きめの謝罪に切り替えて、数分。

 微動だにしない大樹に茜はおずおずといった様子で大樹のそばに近寄ってきた。


 そして、


 つんつん


「!?!?!?」


 大樹の頬が茜の指につつかれた。大樹は弾かれたようにその方向を見る。

 すると、得意げな顔の茜がいて


「大樹君のほっぺた、普通に触り心地良いですね」


 と言い、再びつんつん。今度は少し押し込まれる。


 つんつんつんつんつんつん


「あの、茜さん……?」


 頬をつつくのにご執心な茜がつつきやすいよう大樹は椅子に座った。




「……それで、どうしましょうか」


 お互い冷静になり、仕切り直しとなった文芸部の部活紹介の話し合い。


「ビデオ作成とかにする?」

「大樹君って動画作れますか?」

「一時期やろうとはしてたけど断念した。俺には難しすぎたな」


 workやeqcellなら使えるものの動画作成ツールは難しすぎた。

 見やすい資料はまだ作れるが見やすい動画なんて夢のまた夢である。


「茜はできるの?」

「そんなわけないでしょう。小説を書くのにパソコンはよく使いますが動画なんて作ったこともありません」


 ならビデオ作成はダメと。


「ならやっぱりスライドショーじゃない?」


 どうやら茜もそう考えていたらしい。しかし彼女は浮かない顔をしている。


「スライドショーは嫌なの?」

「いえ、そんなことは……ですが……」

「ですが?」

「こういうのは言っていいのか分からないのですが、人気の部活ってビデオか実演してるじゃないですか」


 確かに大樹が見た時は部員が多く活発な部活は実演を行っていた。


「だからそうしておいて『活発な部活』という印象を新入生に与えたいわけなんですよ」


 なるほど。打算的。でも実際そうだろう。文芸部が日陰部だと思われているからこの部員数だ。

 なら人気かどうかは別としてアクティブな部活であると新入生に認知させることができれば……


 二人はそのまま相談を続け……


「やっぱり実演しかないんじゃない?」

「そうですよね……」


 結果、新入生への部活紹介ではステージ上で実演することに決めた。


「じゃあ、何を実演することにしますか?」

「文芸部の活動ってなんだろ。本読んで、本書いて、本を語って」

「文芸部について語りますか」

「それ良いね。漫才な感じでやってみる?」

「漫才なら二人でもできますしね」


 結局漫才は茜のセンスが壊滅的だったので『文芸部の日常』をテーマに会話劇をすることになったのであった。

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