第54話 なっふぅ
数日後、下校した大樹を待ち受けたのは意外な人物だった。
「大ちゃんおかえりー」
「えっ、ああ、ただいま流美さん」
意外な呼び名に思わずフリーズしてもらったもののその声の主の正体に気がつき大樹は返事をした。
にしても年がら年中旅をしている人がなぜここに?という疑問を受けたが、その様子に気づいたらしい流美が苦笑いをしながら
「いやー。あのバカな弟が侑芽ちゃんをフィンランドに連れていくって聞いてね。草宮家会議で私が君たちの世話をすることになったんだ」
流美はそのアクティブそうな見た目に反してIT企業のプログラマーをしている。それ故に時間の融通が効くらしい。
「旅もひと段落したし、流石に律基の延長もこれで最後かあと一回くらいだろうから一、二年くらい可愛い甥っ子姪っ子の世話をしてやろうってわけですよ」
流美はその後大樹に今後のことについて話した。
平日は週三日、土日はどちらか片方の合計週四で来るということ。
食事関係は基本的に流美がやるということ。
遠慮しないこと。
大体要約するとそんな感じだった。
流美はそれから三十分ほど滞在し、帰宅した侑芽華と雑談をしてから帰っていった。
「流美さんに迷惑かけたらだめよ」
「わーてるわーてる」
「エーテルエーテルエーデルワイス」
「『わーてる』は『わかってる』なの分かるけど『エーテル』に関してはもう化学物質じゃん。エーデルワイスは花だし」
どこまでもくだらない会話は続いていくのだった。
十二月の中旬、大樹及び秦明学園全校生徒約九百人は体育館に集っていた。
一体この中の何人がこの時間を有意義なものと感じているのだろうか。きっとそれは半数にも満たないだろう。
大樹はこの時間を退屈に過ごす人種なのであくびを噛み殺しながら目線だけはステージに向けている。
終業式。早く解放してほしいものだ。
禿頭の校長が誇らしげに『冬休みの諸注意』なるものを語っているのをぼんやり眺めつつ頭の中では冬休みのプランがわいていた。
最近慣れてきた護身術の稽古に①、冬休み明けのテストの勉強②、文芸部の部活紹介の話し合い③、茜との距離の詰め方④。優先順位としては④>>>②>③>①である。
(茜と冬休みの間に最低でも一回は遊びたいな)
大樹はそればっかり考えていて、気づけば……
「大樹。起きろー」
「ん……?はっ」
教室に戻ってきていた。クラスメイトが笑い声を上げながら大樹の方を見ている。畑中先生は大樹の方を向きながら
「草宮、冬休みの予定はなんかあるか?」
「冬休みの予定ですか。えーっと、えーっと、なんかあったかな俺」
大樹は先ほど考えていたことを話そうとしたがどれ一つ取ってもこのクラスでは爆弾発言に他ならない。
特に一番リソースを割いていた『茜と距離を詰める方法』なんて言った暁にはクラス中からの質問攻めに遭い事後処理が面倒なのは目に見えていた。
だからとぼけてみた。
「まあ、確かに冬は寒いから外に出たくないのもわかる。別に私は草宮が引きこもりになろうがどうだって良いんだ」
「それはちょっとひどくないですか?」
再びクラス中が笑いに包まれる。
「まあとにかく私が言いたいのは、健康に生きろということだけだ。というわけで室長、号令を」
「起立。気をつけ。礼」
「「「ありがとうございました」」」
「では早速ボウリングにいきましょー」
「おっけ。皐月と楓哉も行くだろ?」
「ええ」
「もちろん」
「他にも誘う?」
「誘うとしたら?」
「光希とかかな?今班一緒なんだけど普通にめっちゃいいやつ」
楓哉の提案に美羽はこくりと頷きスマホを取り出して電話をかけ始める。
「おっけー。もしもしてらっち。今学校いる?─────うんうん。おっけー。教室来てー。ボウリングいこーよ」
そう呼んだ。
「「「てらっち?」」」
頭にハテナを量産した三人は美羽にたずねる。
美羽はさも当然のように
「いやいや、寺田なんだからてらっちでしょ」
「確かに美羽って男子には独特なあだ名つけるよな」
「大樹はタジュでしょ、それで寺田くんにはてらっちでしょ?あれ、楓哉は楓哉のままよね?」
その皐月の疑問に大樹は吹き出した。思い出したのだ。楓哉が最初美羽になんと呼ばれていたのか。
楓哉も顔を顰めている。その様子を見た皐月は美羽を訝しげに眺めた。
「楓哉がなんて呼ばれてたか教えてやろう」
「おい、たい……「なっふぅ」。こいつ言いやがった」
「なっふぅ?」
皐月は意味がわからないと言った様子だった。
「意味わからんよな。安心しろ。最初俺も楓哉も理解が追いつかんかった」
大樹と楓哉はうんうんと頷いているが美羽は心外だというように目を見開き
「いやいや、『みなづきふうや』から『な』と『ふう』を取ったんだって!!!」
あと、楓哉と初めて話した日の英語の時間の単語テストで『enough』という単語が出たことも理由に含まれている。
「それで、なっふぅ……?」
皐月が目をぱちくりとさせて
「あはははははは!!!」
「え、そのレベルなの?なっふぅって」
皐月はくすりと笑うことはよくある。ただ、ここまで大笑いをしていた記憶がない。
大笑いをしていた皐月を見つめる楓哉の視線は非常に複雑そうだったと記しておく。
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