第55話 地獄を見るよ
「それで、これはどういう状況?」
てらっちこと寺田光希が教室に来たのは二分後。彼は机に突っ伏して時々笑い声を漏らしている皐月を不思議そうに見た。
「ごめんねてらっち。ちょっと皐月が大笑いしちゃって」
「三枝さんが大笑いする印象なかったんだけど」
「あたしも初めて見た!」
光希はてらっちを自然と受け入れていることに驚いた。まあ楓哉の『なっふぅ』よりはマシか。あれは殿堂入り。あの時だけ美羽のネーミングセンスが限界突破していた。
このなっふぅネタは大樹達が集まるたびに笑いのタネになることになる。
数分後
「ふぅ……久しぶりにこんなに笑ったわ」
皐月は机から上体を起こした。そして立ち上がり
「ごめんなさいね。私のせいで遅れちゃうわね」
「いーよいーよ。もしボウリング空いてなくても色々バックアップは考えてるから!」
「柊木さんすごいね……」
「美羽って遊びを筆頭に計画立てるのがめっちゃ上手だからね」
「すごいでしょ!」
えっへんと胸を張った美羽は床に置かれたカバンを手に取り
「じゃあ早速行くぞー!」
他の高校も終業式の日は同じらしく、高校生が遊びにきそうな場所トップクラスに入るであろうボウリングは相当に混み合っていた。
受付に行った楓哉ががっくしと肩を落として戻ってきたので美羽が別の場所を提案した。
「この感じだとカラオケも無理そうだね。普通にファミレスとか行く感じでいいかな」
美羽はスマホに高速で文字を打ち込み
「ここからだとここかな?」
そして顔を上げて先導して歩き始めたのだった。
駅の目の前にあるファミリーレストラン『メヌ』にやってきた。ここは基本的になんでもある。
そのため好みが分かれてどちらかが妥協するとかいうことがないのだ。
「てらっち牛丼食べるんだ。珍しいね」
「あ、うん。僕は牛丼好きだから……」
ちなみに大樹は天ぷら、楓哉はチャーハン、美羽はカレー、皐月はうどんである。そう見ると光希の牛丼というのは珍しく見えるのかもしれない。
「それでさー楓哉のあだ名がさー」
美羽は光希に皐月が大笑いした理由を説明していた。光希は苦笑しながら美羽の話についていっている。
「柊木さんはすごくユニークだね」
「そうでしょ!」
えへへと笑った美羽。なんというか美羽のキャラが文化祭が終わってから少し変わった気がする。
前々から感情を表によく出す美羽だったが、最近は全体的に明るくなっている。
もしその理由に大樹が絡んでいるのなら素直に喜ぼう。親友の性格が明るくなるのは喜ばしいことなのだから。
「なあ、美羽」
大樹は帰り道美羽に話しかけていた。他三人のうち光希は帰宅、楓哉と皐月を二人きりにした後のことだった。
美羽は大樹のことを見上げてニヤリと笑い
「どーしたのさ。あ、もしかして告白?いーよ!付き合お!」
「いやなんか心苦しいけど違う」
美羽は肩を落としたがその顔は笑っている。
「それで、なに?まあタジュが楓哉じゃなくてあたしに頼む時点で茜ちゃん関係なのは分かるけども。にしても、自分のことを振った相手の恋愛相談を受けるとはね」
「正直頼れるアテが美羽しかない」
これは事実。いつメンの中で大樹が茜のことを好きなのは知られているが、楓哉は皐月と付き合うために動いているからそれに大樹の頼みを載せるわけにはいかない。同様に皐月にも頼めない。
それに、美羽は大樹と茜の関係にいち早く気づいた人物であるが故にこのことも頼みやすいのだ。
「それは嬉しいね。別にこのまま惚れてくれても良いんだよ?」
「ごめんて」
「それで、何を頼みたいの?」
「美羽って高輪東の噂聞いたことあるか?」
「うん。いじめの話でしょ?」
大樹は考えていた。茜のトラウマ、ハロウィン準備の時の生徒会長が言った『茜は中学時代に辛いことがあった』ということ、小中学時代では明るかったと自称していた茜。そして高輪東で起こったと噂の大規模ないじめ。
状況証拠ばかりで何一つ確信に迫れる材料はないが大樹の思考には一つの仮説が組み立てられていた。
それは
「もしかしたらそのいじめの被害者って茜なんじゃないか?」
「なっ……」
美羽は目を見開いた後、ゆっくりと閉じて
「タジュ」
重い声。
「あたしもちょっとは考えてた。茜ちゃんに中学時代の話を聞いても『そんなものはないです』の一点張りだし、その時の表情がなんかもうすごく辛そうなんだもん」
そして美羽はため息をつき、次に大樹を見たその目は非常に心配そうであった。
「あたしははタジュと茜ちゃんを引き剥がしたくない。でもあたしは最近仲良くなった友達と前から好きだった人のどっちを優先するかと言ったら好きな人なの」
「何が言いたい?」
その先の言葉は分かっている。
「茜ちゃんと深く関わらないで」
「っ」
大樹は硬直した。その大樹に美羽は
「じゃないと、地獄を見るよ」
そう、残酷な事実を伝えたのだった。
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