第132話 敬語外してみた

 茜作の夜ご飯を食べて順番にお風呂に入り、二人でベッドに入っていた。

 やはり、意識してしまう。


「どきどき、しますね」

「そうだな」


 いつもは寝付きのいい茜だが今日ばかりはなかなか寝れないらしく、先程からずっと大樹に撫でられている。


「ほんとに……心配したんですから。怖かったんです。私のせいで大事な人を亡くしちゃうかもなんて……」

「まあまあ、結果俺はこんな感じで特に何にもなく生きてるわけだし、茜は何にも気負わなくていいよ」

「でも……」

「でも、はなし」


 大樹は彼女自身を責めようとする茜の頬に口付けを落とした。




「大樹君、ありがとうございます」

「ん?どうした急に」



 互いにベッドの中で抱きしめ合っていると、ふと思い出したかのように茜が顔をひょっこり覗かせた。なんだか可愛い。


「いえ、そう言えばあんまり大樹君にありがとうと伝えてなかったなと思いまして」

「そうか?」


 少し記憶を思い返してみる。確かに、あまり言われたことはなかったかもしれない。


「そうです。なので今後はいっぱい大樹君に感謝を伝えていこうと思います」

「俺も、茜にはいっぱい感謝も、好意も伝えないと。茜が溺れるぐらいまで」

「もう溺れかけてるんですが……」

「まだまだ余裕っしょ」


 大樹は茜の頭を優しく撫でた。

 茜はプルプルと全身を振動させて、大樹に巻き付くようなハグをしてきた.


「大樹君。好きです。いっぱい、好きです。名前を呼んでくれるのも、微笑んでくれるのも、手を繋いでくれるのも、ハグしてくれるのも、キスしてくれるのも、全部、好きです」

「それ結構茜にも当てはまるよな。俺も茜に名前呼ばれたりするの好きだし」

「んー、今一瞬だけですが呼び方変えてみませんか?」


 茜が不思議な提案をしてきた。その真意が掴めず大樹は訝しむような声を漏らす。

 しかし茜は「じゃあ、私から」と、何にもわからないのにそれを始めた。


「た、大樹? その……どうかな?こんな感じなんだけど……」

「ウウッ……」

「大樹君!?大丈夫ですか!?」

「もう一回、さっきの頼む」

「や、やです! すっごく緊張するし恥ずかしかったんですからね!?」


 なんだかんだで茜からの呼び捨ては初めてだったので、そのギャップにやられてしまった。


「その、こんな感じですので、お次は大樹君、お願いしてもいいですか?」

「おっけ。ちょっと待ってな……よし、こんな感じかな」

「期待してます」

「その、茜さん。こんな感じだけど、どう? 不自然じゃないよね」

「ァッ……」


 茜はオーバーヒートしたらしく、顔を真っ赤にしたあと掛け布団の海に沈んでいく様を見ていた。






「あ、すみません。待ちましたか……?」

「いや、そんなことないよ」

「縁さん曰く、今から二十分前にはすでにここにいたらしいですが、まあそういうことにしておきましょう」


 いつも集合場所になっている駅前に二人はいた。お盆休みが終わり、茜との水族館デートの日である。そしていつものように妹が茜に情報を横流しにしている。


「じゃあ、行こうか」

「はい、そうですね」


 すっと手を差し出す。その手を彼女は慣れた手つきで取り、互いの指を絡ませ合ったのだった。




「わー、大樹君見てください! 可愛いですよ!」

「おお、でっか」


 エイを二人で眺める。その腹面にある顔のような模様を見つめていた。




「私、今すぐにでも大樹君に告白したいです」

「別にいいよ俺としては」


 お昼ご飯を水族館のレストランで食べていると茜がそんなことを言ってきた。

 大樹としても早く『恋人』になりたいので快諾したところ、茜は目を泳がせた。


「大樹君のえっち、です」


 否定したかったが大樹としては、もちろん彼女とより強い繋がりを得たいので否定できないのだ。


「でもよく考えたら、茜もそうなんじゃない?」

「んなっ……」

「だって、茜もそうやって進みたいって思ってるってわけでしょ?」

「……!!!」


 茜は真っ赤になって机に突っ伏した。ちゃんと料理にダイブしないように、突っ伏す場所を調整したのがなんか面白かった。


「大樹君って頭の回転早いですね」

「伊達に秦明生やってないからな」


 茜がすぐに復活した。最近少し慣れてきたのか復活がだんだん早くなっている気がする。


(飽きは慣れから来るっていうからな……ちょっと頻度を調節しよう)


 まあ半ば無意識に出ているので調節しづらいものではあるのだが。




 二人の夏休みは特に問題なく過ぎていき───────


 気づけば、花火の日になっていた。









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