最終章 隣にいる《元》地味子さんはやっぱり魅力的で惚れ続けてしまうんだが

第131話 多分グッドなモーニング

「あ、ぅあ……」


 目を覚ます。ぼやけた視界には真っ白な天井が映し出されていた。頭だけを動かして周りを見渡すと、ここが病室であると分かった。


「どうやら無事らしいな」


 結構真面目に死んだと思ったのだが、どうやら生きていたらしい。

 ベッドの脇に置いてあるデジタル時計の日付は八月六日。

 どうやら三日間ほど寝て過ごしたらしい。


 一旦ナースコールを押してみるか。

 それを押してしばらく待つ。


 駆け足でやってきた医師が大樹の姿を見て安心したように息を漏らした。


「うん、見た感じ健康そうだ。君、元から鍛えてたっぽいからリハビリも少なくて済みそうだよ」




「大樹君、よかったです……!」


 一番最初に来たのは縁でも流美さんでもなく茜であった。彼女は感極まったように涙を流しながら大樹の手を何度も握った。


「ごめんな茜。心配させて」


 大樹は点滴につながれていない右腕を茜の頭に乗せる。


「いえいえ、大樹君が無事だってわかってほんとによかったです」


 茜は嬉しそうに微笑んだ。




「久しぶり我が家よ」


 それから一週間ほどリハビリをして大樹は家に帰ってきていた。


「おお、兄さんだ。さすが隕石の直撃を受けても死なない男」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ」


 そこまで行ったらもはや生物ですらないと思う。

 流石に隕石の直撃を受けたら死ぬ以前に熱と圧力で消し飛ぶ自信がある。死んだら骨を拾ってくれとかあるが拾う骨の粉すら残りそうにない。


「ん、でもまあ、退院おめでと」

「おう」


 大樹は大量の荷物の片付けを始めたのだった。




「えへへ、来ちゃいました」


(かっわい何これ)


 その翌日の夕方、茜が来た。

「来ちゃいました」とは言ってはいたが、実は病院でリハビリ生活を送っているときにそのお泊りの連絡が来ていたのだ。


 で、実際は今から佐渡家でお泊まりなのだが。


 そう考えると「来ちゃいました」は正しいのかもしれない。


「兄さん。茜さんたちに迷惑かけたらダメだよ」

「それくらい分かってるって」

「ならよし」


 そんなわけで大樹は茜に連れられて佐渡家への道を歩むのだった。




「お久しぶりです啓さん」

「うん、久しぶりだね。草宮君」


 久しぶりに茜のお父さんこと啓さんにあった。


 彼は庭で木刀を振るっていた。

 大樹は剣術は未履修なのでその技術が高いか低いかは分からない。


 啓さんは木刀を下ろして縁側に座った。


「草宮君。あとで話したいことがあるから、客間に来てくれないかい?」

「あ、はい。分かりました」


 それから茜に半ば引っ張られるように佐渡家に足を踏み入れた。




「大樹君、きす、したいです」


 茜の部屋に連れ込まれて、キスを迫られる。

 それに対して唇同士を触れさせるそれを返す。


「やっぱり大樹君との、きす、が一番幸せです」

「そりゃよかった」


 しばらく何度かキスをしているとドアがノックされた。


「草宮君。客間にきてほしい」

「あ、はい。分かりました」

「お父さん。私も一緒でいいですか?」

「まあいいか。茜も来なさい」


 そんなわけで啓さんに連れられて客間に向かうのだった。




「やっぱり佐渡家すごいな……」


 客間が、すごい。和風のお屋敷と言えばこれみたいな内装であった。


 質素な書院づくりだが随所に美しい意匠が凝らされている。

 啓さんが座ってついで茜がそれの隣に座る。


「大樹君はこちらです」


 大樹は茜に示された場所、二人の向かい側に正座で座った。


「この前茜の友達、柊木さんだったかな?が来てくれた時は茜個人の友達だったからこの部屋は使わなかったけど、今の君は佐渡家が招いた人だ。だからこの部屋を使おうと思ったんだ」


「あの、俺そんな招かれることしました?」


「いやいや、謙遜は意味がないよ。僕の大事な一人娘を大怪我を負ってまで庇ってくれた。君の手術を担当した医師から聞いたよ。『大腸の一部分が傷ついてた』ってね。出血量も非常に多く、本当に危険だったって」


「だから僕としては、いや、佐渡家として最大限の礼をさせてもらおうと思う。これでも佐渡家は医療界ではそこそこ大きな家だからね。どうする?一応手術費と入院費はこっち持ちにしてもらったが、君個人に何か礼をしたい。何か欲しいものはあるかい?」


「いえ、物欲はないので……ですが、何かもらえるとするなら……」


 大樹は啓さんの隣でオドオドしながら二人の会話を聞いていた少女の方を向く。

 啓さんは眉をピクリと動かし、口元を吊り上げた。


「佐渡茜さんが、欲しいです」


 真剣な口調で、そう告げた。


「えっ……ええぇえええぇぇ!!!」


 茜は真っ赤になって華奢な体をピクンと跳ねさせた。


「はは、なんで茜が驚くんだい?少なくとも僕は予測していたよ」

「でもでも! こんな急に言われたら、誰だってこうなるでしょう!?」

「初々しいな僕の娘は」

「うるさいです!」


 茜はしばらく悶絶していたが、それを横目に啓さんは話し始めた。


「まあ僕としては全然オッケーなんだよね。茜のことをすごく大事にしてくれて、一回目は心を、二回目は体を救ってくれた君以上の男は多分茜の前に現れないだろうからね」

「ありがとうございます」

「まあ人の感情の動きは分からないものだから、何が起こるからは分からないけどね」

「茜に愛想をつかされないように頑張りますよ」


 しばらく二人で話し込んでいると啓さんがふと腕時計に目をやった。


「ああ、もうこんな時間か。ごめんね大樹君。今から仕事があるんだ。明日のお昼くらいまで帰らない」


 そう言って啓さんは立ち上がった。そうして客間を出て行く。


「ああ、そうそう。避妊具はちゃんと使うこと」


 最後にとんでもない爆弾を投げ込みながら。

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