第三章後編最終話 ありがとうすらもちゃんと言えてない
「っ、いってえ……」
右の腹に激痛。大量の血が溢れ出ているのを感じる。視線を下げると包丁が突き刺さっているのが見えた。
刺された、か……
「このクソがッ!!!」
楓哉の怒号が響く。彼の長身が大きくしなり、鋭い蹴りが二連続でその男の背中に突き刺さった。
「ゔぅっ……」
そんな声を漏らしてそいつは倒れ込む。包丁が、するりと抜けた。倒れ込んだそいつの右手首に楓哉が踵落としを思い切り叩き込み、骨が折れたらしい、異音がなると同時に上から関節を極めにいったのを見た。
足元が、ふらり、と。
「っ……あっ……」
出血量が増え、力が入らなくなり大樹は仰向けに倒れ込む。
「た、大樹君?どうしたんですか……!」
「佐渡さん! 救急車! 大樹が刺された!」
「え……」
空を覆っていた雲から、一粒の滴が落ちた.
大樹君が、刺された?
脳がショートしたような感覚。
どこかぼんやりとして、理解できないそれ。
倒れ込んだままの私は、とりあえず水無月君に言われるがままにスマホを取り出して119をかけました。
「『火事ですか、救急ですか』」
オペレーターさんの言葉に私はようやく現状を理解しました。
「た、大樹君が、包丁で刺されました」
なんとか絞り出した一言。
「『場所はどこですか』」
「あ、ああ……」
「『場所は、どこですか?』」
「あああ……」
ダメです。頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されるような感覚で、言葉がまとまりません。
でも、早くしないと、大樹君が。
「代わりなさい」
「え……」
私がフリーズしていると皐月さんが私の手からスマホを奪い取りました。
「はい。先ほどの人が喋れなそうだったので代わりました。ええ、場所は秦明海水浴場です……」
私は大樹君に駆け寄りました。
彼は両腕で傷口を押さえていました。痛そうに顔を顰めていた大樹君は苦笑いを浮かべます。
「大樹君。大丈夫ですか?」
「まあ、な……茜も大丈夫か? 怪我してないか?」
「ええ。大樹君のおかげです。あの……ごめんなさい。私のせいで……!」
「気にすんな……茜が無事ならな……」
「今皐月が救急車を呼んでくれたよ! 頑張れ!」
美羽さんは努めて元気に見えるようにしています。
「ああ、ほんとにな」
結構な量の血が溢れ出ています。それだけ大樹君の生命力が失われていることに気がついて私は慌ててその傷口に大樹君の手の隙間に手を当てました。生温かい感覚が手のひらを染めていきます。
それだけでもう私は泣きそうになって、しゃくりあげるような嗚咽がこぼれました。
それに大樹君はふふと微笑みました。
「茜、好きだよ。ありがとうな」
「美羽も、楓哉も、皐月も俺の親友でいてくれてよかった」
大樹君の弱々しい声に寂しい気持ちが広がります。
「大樹君、その言葉は今要りません! 喋らず、無理しないでください!」
「そうだよタジュ!」
「いや、死ぬつもりはさらさらないが……もしも、がな」
そうして、大樹君はふわぁとあくびをしました。
「少し眠いや」
「大樹君!? ダメです! ああっ!」
大樹君は目を閉じてしまいました。まだ生きているのは分かりますが、きっと余談を許さない状況でしょう。失血がひどいです。
でも、私には何にもできないです。こんな時に、大切な人が死にかけている時ですらも、無力なのですか。
大事な人が私を庇って傷ついているのに、何にもできないんですか。どこまでも弱い私がいて、彼の傷口に当てた手が緩みました。
「そんなの、ひどいです……」
私は自分の服を脱ぎ、落ちていた包丁で切り裂きそれをガーゼのようにして思い切り押し付けます。
「嫌、です」
「大樹君、あと少しです!」
「お願い、ですから……」
「ダメです! 死んじゃ、ダメです!」
私にできるのはただ声をかけ続けることだけ。そして一滴でも大樹君が体の血を多く保てるように、傷口を押さえる手に力を込めます。
「ありがとうすらも、ちゃんと言えてないんです……!」
今まで何をしてくれても「ありがとう」の言葉を言えたことは少ないんです。
こんなに私を好きでいてくれているのに、感謝すら伝えれてないんです。
「いつも大樹君にもらってばっかりで……何にも返せてないんです……!
「ちゃんと、返したいんです! そのためには! 大樹君との時間が必要なんです!」
「だから、生きてください! お願いですから……!!!」
私の視界がぼんやりと歪みます。雨音の中、ついに遠くから二つのサイレンの音が聞こえ始めました。
第三章後編【完】
ここより下は後書きですので読後感を残したい人はスルーしてください。
端的に言えば、まだもうちょい続くよってことです。
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散々この章が最終章だと明言してきたくせに完結に持ち込む章はまた次章になるとかいう引き伸ばし疑惑みたいなことやってます。
とりあえず『最終章』予告
最終章タイトル
『隣にいる《元》地味子さんはやっぱり魅力的で惚れ続けてしまうんだが』
夏休み中盤〜最終話(数年後)
5話くらいで終わる章です。
完結しても後日譚的なものを投稿していきたいと思います。
『隣の席の地味子さんが思った以上に魅力的で惚れてしまうんだが』。是非とも最後までお付き合いください。
*茜のセリフ「ありがとうすらもちゃんと言えてないんです……!」は、“She is Legend”様の楽曲『World We Changed』から来ています。
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