第129話 大切な人を、守るために

「皐月!?」


 楓哉がすごい勢いで駆け出し、ワンテンポ遅れて大樹もそれに続く。


 夕暮れで何が起こっているのかは全く見えない。


 少し沈み込む柔らかい砂を蹴り付け、進む。


 見えた人影は、五つ。そのうちの一つは尻餅をついているのか、姿勢が低い。


 大樹と楓哉は足を早めた。




「ちっ、近づくな! 美羽ちゃんがどうなってもいいのか!?」

「や、やめてください! 美羽さんを離してください!」


 近づくと何が起こっているのかがよく見えた。


 美羽が誰かに羽交締めにされている。その首筋には刃渡り30センチほどの包丁が突きつけられていた。


「皐月。何があった!?」


 大樹は慌てて皐月に話しかける。彼女は青ざめていたが、パニックは起こしていないようだ。


「美羽のストーカーよ……」


 そう端的に答えた皐月は視線を動かして光希の方を向いた。


「光希、大丈夫か?」


 彼は尻餅をついていた。


「腕を切られた……」


 彼は右腕を押さえていて、少しずつ血が溢れている。かなりの量の血が流れているのだろう。


「皐月。光希の手当てできるか?」

「え、ええ……」

「じゃあ、頼んだ」


「な、何だよ!せっかく邪魔な男を倒したと思ったのに!また来るのかよっ!」


 喚いている男の方に大樹は向いて立つ。茜の横に立って彼女に小さく話しかける。


「茜。警察お願い」

「で、でも、あの人がそうしたら美羽さんを刺すかも……」


 茜は憔悴していた。大樹はそれに頷いて答えた。


「まかせろ。何とかする」


 大樹は茜が下がったのを見てその男に話しかける。


「なあ、何でこんなことするんだ?」

「み、美羽ちゃんがオ、オレのことを裏切ったから……!」

「裏切った、ねえ。あんたは裏切られてないよ」

「そ、それはどういう……!」

「そもそもあんたなんかに俺の親友が惚れるはずないだろ。というかお前接触禁止でてるだろ」




 見た瞬間にわかった。こいつは結構本気で美羽のことが好きだ。こいつは美羽を少なくとも今の時点では絶対傷つけない。

 ただもし警察に囲まれたらどうなるかはわからない。だから、注意を美羽から逸らす。


 大樹は持てる言葉全てでそいつを煽り倒した。


 激昂したこいつはきっと、美羽じゃなくて……


「う、うるせえ!」


 こっちに包丁を向けた。


「た、タジュ! ダメだよ!」


 美羽の恐怖に染まった声が大樹の鼓膜を震わせて、そして。


「楓哉! 今だ!」


 その男の背後に長身の人影が現れ……


「破ぁっ!」


 鈍い衝撃音が響いた。


 こちらに弾き出されるように飛んできたそいつを体当たりで突き飛ばす。その横を美羽を背負った楓哉が走り抜ける。


「ごめん大樹!こいつ結構鍛えてる!」

「了解!」


(俺の役目は、茜が呼んだ警察が来るまでの時間稼ぎ。気絶まで持っていければベストだが……)


 荒々しく立ち上がったそいつを睨みながら大樹は立ち位置を調整して緩く構えをとった。


「陰陽流、草宮大樹、参る」


 その日、また他人を傷つけるために、そして、守るために拳を振るった。




 振り下ろされる包丁を横に動いてかわす。平手でその腕を打つ。なるほど、固い。確かに鍛えている人らしい。


「オ、オレの邪魔するなぁ!!!」

「するに決まってるだろ!」


 殴るために突き出された左拳を思い切り引っ張って、崩す。

 二人の格闘は続いた。




「大樹! 任せろ!」

「おっけ!」


 後ろから楓哉がやってきた。


「うわ、大樹怪我してるじゃん」

「まあ誤差だろ誤差」


 右腕が切れて血が流れている。避けようとしたが失敗して少し包丁が当たってしまった。


「大樹君!警察呼びました!大丈夫ですか?」


 茜の声が思ったよりも近くで聞こえた。


「ああ、大丈夫だよ」

「でも、血が出てます……」

「かすり傷だから大丈夫。それに楓哉もいるから」

「分かりました。あの、頑張ってください!」

「おうとも」


 大樹は迫った切先を避けて蹴りを叩き込む。鳩尾に綺麗に入ったそれはその男を吹き飛ばした。


 それに迫った楓哉が包丁を弾き飛ばす。


「ナイス!」


 楓哉がそいつにのしかかる。


「大人しくしろ!」


 そいつはジタバタ暴れるが楓哉がそのたびに力を込める。


 そいつの動きはだんだんと緩慢になっていき……


「楓哉!」


 そいつは砂浜の砂を掴んで

 楓哉に投げつけた。


「うあっ!」


 楓哉の力が緩んで、その男が抜け出す。包丁を拾って、走り出した。


 その進行方向にいるのは……


「茜っ!」


(止めるのは、間に合わない……!)


 なら……


「ごめん茜!」


 大樹は茜を体当たりで思い切り突き飛ばした。




 あ、刺される……


 私は包丁をこちらに向けて走ってくるその男性を見て呆然とそんなことを考えていました。


 動かないと……


 そう理解していても、恐怖ですくんだ足は動きません。


 その切先が私に迫った時、思い浮かんだのは大樹君の笑顔でした。


 ごめん……なさい……




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 次回、第三章後編最終話『ありがとうすらもちゃんと言えてない』を投稿します。


 あと5話しかないって、マジですか……?

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