第49話 誕生日とヘタレメガネ

「なんで今日そんなに豪華……って、ああそっか」


 先ほどの大爆死で今日が誕生日であることを忘れていた大樹は大量に天ぷらを揚げている侑芽華を見た。


 手際よく沸る油の中からエビだったりナスだったりをひっくり返したりつついたり、最終的には網の敷かれたトレイに乗せていく。


「今日は大樹の好きな天ぷらを作ろうって」

「母さん、ありがとう」

「どーいたしまして」


 侑芽華は冷蔵庫を開けたのを見て、大樹は手伝おうかと思いそれを申し出たが拒否されたので再び部屋に戻り、特にすることもなかったので勉強に勤しむのだった。




 一時間ほど勉強していて伸びをして気が向いたのでけん玉を珍しくしていた。

 もしかめ、世界一周、飛行機、etc。

 小さい時に祖母に習ってから時折しているけん玉。平均的な実力だとは思う。


 とりあえず可能な技は一通り試しているとスマホがベッドの上で振動していた。

 けん玉を机に安置してそれを取るとどうやら楓哉が電話をかけてきたらしい。


『もしもし?たんおめ』

「ありがとな」

『……』

「……それだけ?」

『あ、確かに話題考えてなかったわ』

「じゃあ皐月との進展でも聞かせてもらおうか」

『非人道的すぎる』

「たかが恋バナで非人道的とはなんと平和な国よ」

『確かに地球のどこかでは銃声に怯える子供も多いって言うし』

「で、そんな彼らのことを思い浮かべたら楓哉個人の恋バナなんて非人道的でもなんでもない普通の話題だと思うだろ?」

『うぐっ』

「あ、楓哉からの誕プレは楓哉の恋バナで」

『コイツ……!』


 一瞬だけだが真面目な殺意が電話越しに飛んできた。


「そういえば昨日の大会優勝したんだってな」

『なんか調子良かった』

「それで、優勝したら告白するって言ってたよな」

『うん』

「それで、確か皐月も楓哉の応援行ってたんだっけ?」

『居たね』

「どうしたんだ?」


 すると、楓哉が声のトーンを落として、


『ここだけの話な』

「おう」


 これは決まったな。大樹はそう確信して、祝福の言葉を用意しておく。


『告白できなかったぁぁぁあ!!!』

「おめで……って、え?」


 そうして楓哉はことの顛末を話してくれた。




 優勝だ。僕は表彰台に上がり、大会長から賞状と優勝トロフィーを受け取り、拍手を聞きながらもサッと周りを見る。

 遠くに皐月と美羽がいる。皐月は僕の視線に気がつくと小さく手を振り、美羽はブンブンと両手を大きく振っている。

 僕は二人、特に皐月のほうを見て、微笑んだ。

 本来なら大樹も居てくれるはずなんだけど、まあ大樹は佐渡さんとライブに行ってるらしいからね。ここから電車で二十分ほどにあるらしいけど凸る気はない。


(好きな子との時間を邪魔するわけにはいかないからね)


 そうそう、大樹といえばその因縁の相手だけど、準々決勝で当たって完封した。多分中学の時とほぼ実力は変わってないんじゃないか。


 まあ、何はともあれ、優勝。僕は皐月に……




「楓哉おめでとー!!!」

「おめでとう、楓哉」

「うん。ありがとう」

「最後の廻し蹴り凄かったよ!」

「いやいや、あれは相手が隙を見せてくれたからうまく決まっただけだって」

「でも県大会決勝でしょ?その隙を作れるのも見極めれるのも凄いと思う」


 正直、あの相手は今の大樹の方が全然強かった。空手を本気でしなくなっても成長を続ける親友には今でこそ拮抗、もしくは僕が勝つけど、大樹の力と反射神経だったらあれは完全にカウンターをもらって負けてた。


 それからも興奮したように話している美羽とやりとりをしていると、背中をつんつんとつつかれた。振り返ると皐月が。いつものクールさはどこへやら。そのしなやかな指先をじっと見つめながら時折目線を彷徨わせている。


「皐月、具合悪いの?」


 僕は様子がおかしい皐月が心配になった。すると彼女は


「平気よ。ごめんなさいね」

「おっけ。じゃあそろそろ帰るか」

「あ!あたしお母さんが迎えに来てくれるんだー」

「そうなのね、じゃあまたね」

「バイバーイ!」


 背を向けて駆け足で小さくなっていく美羽の背中に僕と皐月は小さく手を振り続けた。




 その背中が角を曲がって見えなくなり、僕と皐月は二人でその体育館から駅に向かうための道を歩いていた。


 この体育館は広大な田園の中にポツンと建っており、非常に見通しが良い。


「本当に大丈夫?」


 皐月の様子が本当におかしい。挙動不審というか注意散漫というか。


「え、ええ。平気よ」


 皐月がこっちを見てくれない。さっきからずっと田んぼの方を眺めながら歩いている。




 そして、話しかけるのが気まずくなった僕は電車の中でも他愛のない話題しか話さず


「じゃあ、また学校で」

「ばいばい」


 電車のドアが閉まる。そしてゆっくりと僕を乗せた閑散とした電車は動き出し


(なんでヘタレたんだよ僕!!!)


 頭を抱えたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る