第32話 違和感の霧が晴れる頃
揺らぎそうになる。真面目に美羽は美少女だし、その人懐こい性格が大人気だが、ここまで蠱惑的になれるのだろうか?
普通十六歳が出していいオーラじゃないぞ?
大樹は空手で培った精神、無我に至る一歩手前。
思考のほとんどを無に託した大樹は全てを許容する海の如く凪いだ声で
「いいや、でも、普通にいいとは思うよ」
さらりと言い放つ。顔には微笑を湛えて。
「わお、キャラ変わった」
美羽がただでさえ大きい目をさらに見開きまんまるにして驚きの意を示した。
「これでも嗜み程度には空手やってるからな」
一旦さっきの凪状態で先ほどの衝撃は全て吸収したのでいつものテンションに戻した大樹は、水筒のお茶をごきゅりと飲み込んだ後
「さて、次はどうする?」
すると、美羽はちょっと困ったように笑い
「いや、なんか雰囲気を楽しむのもいいと思うからさ、普通にぶらぶらあるこ」
「おっけ」
「なあ、あの女子って柊木さんだよな」
「草宮昨日と別の女子といるんだが」
「うわー、さすがモテるやつは違うな」
周囲から妬みや羨望の眼差しを突き刺されている大樹はため息をつきながらも、隣で満足げにしている美羽を見てまあ良いかと思えるのだった。
「タジュって茜ちゃんのことどう思ってる?」
ふと、美羽が真剣な眼差しで尋ねてきた。
「茜か。普通にいい奴だと思うが」
「それは知ってるよ。クラスで噂されてるみたいなただの暗い人じゃなくて優しくて可愛らしい女の子なんだってことくらい」
「それは俺の認識も一緒だから」
「じゃあタジュは茜ちゃんに惚れてるわけだ」
「それは、多分違う」
「まー安心しな。別にタジュが茜ちゃんに振られたとしてもあたしが責任とってもらってあげるから」
「だーかーらー。俺が茜のこと好きってどこ情報よ」
「あたし情報。ヒイラギ・インフォメーション☆」
パチリとウィンクをして悪戯っ子のように笑った美羽は楽しそうで、でもその雰囲気はやっぱり少しおかしくて、大樹は心配せざるを得ないのであった。
「タジュって昨日茜ちゃんとベストカップルコンテスト出たんだって?」
「なんか運営に拉致られた」
「ふーん」
なんだろう。美羽の様子がだんだんとどちらかといえば悪化していっているように感じてならない。
「どうかしたか?」
「いーや。なんでも。まあ、着いてきてよ」
美羽に着いていくこと約三分。やってきたのは三年生の教室。そこには、
『Almost PURI』
と書かれた看板が。その名の通りか、教室の中にはいわゆるプリクラの筐体のようなものが四つ程置かれていた。そしてその看板の『Almost PURI』の文字の横られんに小さな文字で、『盛り具合は本家以上かも……?』
「うぉおおーー」
美羽が感嘆の声を上げ大樹の服の裾をぐいっと引く。その双眸はギラギラと輝いていた。
「盛りに盛りまくるっ!」
大樹はその横にさらに小さく書かれていた注意書きのようなものに目を止めた。それに苦笑しながら美羽に引っ張られていく。
そうして教室にぐんぐん行進を続けた美羽であったが……
「なに、これ……」
彼女は目を丸くして信じられないといったふうにもらった写真を見る。その出来には大樹も苦笑しかできなかった。
まず無料だったことが違和感だった。今時プリクラを使えば五百円程度すぐに飛ぶ。なのに無料。
「確かに盛るには盛れてるな」
「でもさこれは盛りすぎじゃん」
写真に写った二人はもはや人型の何か。先ほどのお化け屋敷で呪われたのかと思うレベルに変質していた。
色々突っ込みたくなるところはあるが、特筆すべきは目が超肥大化し耳まで侵食しているところだろうか。メガネザルもびっくりの眼球サイズである。
ちなみに注意書きのようなものに書かれていたのは、『注意。九割ネタです』。
間違ってないな。大樹は変異した一つ目小僧のような自身の写真を見てこれはこれで面白いなと心の中でこぼすのだった。
「文芸部室行きたい」
意外な提案に驚いた大樹は美羽とともに旧校舎にいた。美羽は並べられた文芸部誌を一部手に取り、パラパラとめくった。
「へぇ、茜ちゃんいいもの書くじゃん」
「俺も昨日もらったけどまだ読めてないな」
「これは読んだほうがいい気がする。というか連載物?前の巻いるやつじゃん」
そうして部誌をカバンにしまい、そして大樹の方を振り返る。そして、何も言わずにただにっこりと笑ったのだった。
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