第31話 どきどきした?
文化祭二日目は美羽と回ることになっている。
というわけで大樹は美羽と一緒にいた。
「いやー。タジュと回れて嬉しいなー!」
「どーもー」
茜が教室に入ってきた。いつものように前髪で目を隠している。周囲の何人かがその様子に
「そういえば昨日佐渡さんどこいたんだろ」
「文芸部室にでも居たんじゃない?」
「ところでさ、佐渡さんって茜さんだよね。昨日の草宮と一緒にカップルコンテスト出たのもアカネって人じゃなかった?」
「いやー。でも佐渡さんがあんな美少女ならなんで誰も気づかないのって話になるから別人じゃない?」
と何やら憶測が飛び交う。普段なら茜が話題になることはないはずだが、どうやら昨日のカップルコンテストに出た『アカネ』のことを気になる人が多いのだろう。
本人ですが!?叫びたくなるのを堪える。
にしても前髪とメガネだけでそんなに雰囲気変わるのかと逆にちょっと尊敬する。
「タジュ」
冷たい声で美羽に引っ張られる。振り返ると美羽が不機嫌そうな顔で
「今日タジュはあたしと文化祭回るんだよ?もしタジュは彼女ができてデートする時他の女の子をチラチラ見るの?」
「それは失礼だろ?見るわけない」
「じゃあ見ちゃだめ。今日は、今日だけはあたしだけを見ててほしい」
登校してすぐから感じていたが美羽の様子がおかしい。空元気というか何か無理してるというか。
「体調不良なら保健室行くか?」
「いや、これは違うよ?ちょっと緊張してるだけ」
「なんかあるのか?」
まあちょっとね。と美羽はアハハと笑って、それから真剣な目で大樹を見る。
「絶対……」
それからつぶやいた言葉を聞き返しても答えてもらうことはなかったのだった。
美羽に手を引かれ大樹は校舎の一角にやってきていた。場所は旧校舎とは反対にあるプレハブでこちらもまた使われていない棟である。
というかプレハブのくせに割とでかい。
そこにはおどろおどろしい文字で
『有志の作ったお化け屋敷』
と書かれていた。もう少しマシなネーミングがあったように思うが、美羽はどうやらそれに興味があるそうなので入らせてもらおう。
プレハブの中に入ると九月の熱気を全く感じさせないひんやりとした冷気が身を包んだ。汗が急に冷やされ寒さに体がぶるりと震えた。
「一つの人間につき百円になります」
え、怖い。プレハブを少し進むと人体模型が置いてあり、そこから声が発せられた。
それと同時に
「うわっ!」
上から箱が落ちてきた。それは途中で止まり、ゆっくりと降りてきて大樹たちの目の前で止まった。木箱は紐に吊るされている。
そこには小さな口が開いておりそこに百円を入れろと書かれていた。ふと上を見るとなるほど滑車のようなものが仕込まれている。
大樹と美羽は百円ずつ投入し、すると、
「前方へと進み、一番小さな数字の書かれた卒塔婆を取ってください」
件の人体模型から声がした。
「卒塔婆ってあのお墓に立ってる木の札だよね?」
美羽の怯えた声に大樹はこくりと頷き、少し進んでそれを一本ずつ取った。普通にプラスチック製なのだがすごくリアルで、卒塔婆に書かれている数も『1』や『一』ではなくて『壱』となっているのも普通に怖かったりする。見ると『拾』までありそうだな。
大樹と美羽は卒塔婆を握りしめしばらく指の骨が指している方向に向けて歩くと、人がいた。このプレハブで美羽以外に初めてみた人間であるが、様子がおかしい。
一応秦明の制服を着ているのだが、よく見るとボロボロだし、ところどころ血痕のような赤黒いシミが付いている。
「その卒塔婆を置いていけ」
低く唸るような声でその男子生徒に言われて大樹と美羽は卒塔婆を床に置く。すると
「この先は秦明高校で間違いないが、少しばかり位相が違うらしい。その制服を着ていると歓迎されて返されないかもしれんな」
その生徒が忠告をしてきた。
そしてそれより先はうんともすんとも言わなくなったので大樹と美羽はその先の教室の扉を開けてそのお化け屋敷へと入ったのだった。
「想像以上すぎるんだけど……」
大樹と美羽はぐったりして中庭のベンチに腰掛け、何も言わずにお茶を飲む。
どうやら夜の学校と謎解きのハイブリッドものだったらしく、いろんな教室を回っていくのだが、初めは違和感だったのが段々と異常に、そして恐怖へと変貌していく。
出口に出演者や演出者の名前があったのだが、演劇部の部長や技術部部長、クイズ研究部のエースなどうちの高校の有名人が名を連ねていた。
要するにクオリティがとんでもなかったってこと。それと、大樹的にはこっちの方が驚いたのだが、美羽が抱きついてきた。
inお化け屋敷
ガチャ、ガチャ、何かが近づいてくる音がした次の瞬間だった。
「グオオオオオ!!!」
突如として後ろから現れたナニカに大樹は無意識のうちに回し蹴りを叩き込みそうになり自重したが
「イヤァァァ!」
突如として美羽が大樹の腕を引っ張り走り出した。さすが陸上部。大樹の腕を引っ張る左腕以外は美しいフォームで走っていた。
ふと後ろを振り返るとそのナニカは触手をブンブンと振り回していたが追ってくる様子はなかった。
しかしそんなことに気づくことのない美羽はそのまま走り、近場の教室に入り、息を整えて、しばらくして
「タジュぅ」
そうして抱きついてきた。
条件反射で大樹はその体を受け入れるが、単純に女子としての柔らかさだけでなく爽やかな匂いを放つ美羽の髪に動揺していた。
「お、おい!」
これまで、女子の中で特に親しい、親友とも言える美羽と言えど手を繋いだことすらなかった。
それ故に衝撃は大きい。大樹は脳回路が一瞬ショートし、紡ぎ直された時にはすでに彼女は離れていたのだった。
今
大樹が水筒を下ろすと美羽がニコニコと笑ってこちらを見ていた。そしていつもよりしっとりとした声で一言、
「お化け屋敷のこと、どきどきしてくれた?」
そう、少し色っぽい表情で尋ねたのだった。
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