第123話 日本一怖いらしいお化け屋敷
列に並んでいた時間およそ十分。この時間の間に大樹と茜はどのようにパーク内を回るかの目星を立てていた。
そんなわけで一番最初に乗ることにしたのは……
「でっか」
「ですねぇ」
ジェットコースターである。頭上を鉄の塊が勢いよく通り抜けて悲鳴と少し遅れて風圧。茜はボブカットを片手で押さえながらそれを見上げる。
「じゃあ、並ぶか」
「そうですね」
二人とも絶叫マシーンは得意であるので遠慮することなくアトラクションを決めることができたのはいいことであった。
列は存外に短く、待ち時間がほとんどなかったのもかなり嬉しい誤算であった。
「安全バーをお腹まできちんと下げてくださいねー」
スタッフさんの指示に従って安全バーを下ろす。横の茜も安全バーを下ろしたところであった。
スタッフさんが全員のバーのチェックをし、再びアナウンスが流れると座席が一度ガタッと揺れてジェットコースターが動き始めた。
「大樹君……。手、握ってくれませんか?」
茜が安全バーからちょいちょいと左手をこちらに出してくる。
その手を取るとジェットコースターは最初の登り坂に差し掛かり、振動しながら上昇を始めた。
段々と高度が上がっていくのを視界の端に捉えながら茜の手をさらに強く握る。
にしても高い。垂直落下系のジェットコースターではないが、それにしても高い。
正面を向くとそろそろ山の頂点か。
「そろそろですね」
「そうだな」
先頭が山の頂点を超える。少しずつ速度が上がっていき───────
風の唸る音とともにジェットコースターは急加速をおこなった。
「うわっ、うわわっ!ひゃー!!!」
横で可愛らしい悲鳴をあげている茜と一緒に手を上げる。遠心力で手が少し押し戻される。再び直進。急降下。
「は、はは……すごかったですね……」
「そうだな。結構楽しかったけど、茜大丈夫そう?」
ジェットコースターから降りて荷物を回収してる最中、茜が足をプルプルさせている。
「思ったよりすごかったです……」
茜は自身のカバンを取ろうとかがみ込む。
「おわわっ」
しかし、バランスを崩してそのまま前方に倒れ込む。
「危なっ」
大樹は反射神経を総動員して茜の右腕を掴み、できるだけ力をかけないように体重移動で巻き取った。茜の体が引っ張られる。
茜の重心がこちらに寄り、そのまま倒れ込んでくるのでそれを軽く支える。
呆然としている彼女の代わりにバッグを取る。
それを手渡すと彼女は大樹をじっと見つめた。
すると早足で歩き始めて大樹は少し面食らう。
「さあいきますよ時間は有限ですから」
大樹はかなりの速度で降りていった茜を追うべく少し駆け足になるのだった。
「こほん。すみません。少し取り乱しました」
近場のベンチに腰掛けていた茜に近づくと彼女はほんのり朱に染まった顔をこちらに向けた。
「どうしたの?」
「その、あのですね……」
茜は目に見えて狼狽え始めた。少し彼女は俯いてポツリと告げる。
「さっき大樹君が支えてくれたのがすごくかっこよくて、照れちゃいました」
茜は恥ずかしそうにはにかみながら大樹を見上げる。
めっちゃ可愛い。大樹は彼女の頭を優しく撫でた。
「雰囲気ありますねえ」
「ネットでみた奴よりもやばそう」
二人は例のお化け屋敷にやってきていた。周囲の遊園地らしいファンシーさはここには一切無く、この場だけ薄暗く、しっとりとしている。
目の前にあるのは廃病院のようなもの。その横にある看板にはおどろおどろしい字で『猿哭総合病院』と書かれている。その下の方には夥しい注意書き。
それらを二人で眺めてから唯一遊園地らしい列整理ロープに従って入り口に足を踏み入れた。
「
建物の中にある受付らしき場所でスタッフさんにチケットを見せて椅子に座ろうとすると呼び止められる。
「お二人はカップルで?」
非常に厳密に言えば二人はカップルではない。両想いでありなおかつお互いが直接それを伝え合い、キスまでした仲ではあるが、一応まだ『内定』なのだ。
最近はルールが緩まってきたせいで恋人だと言っても差し支えはなさすぎる。しかしまだカップルではない。
そんな微妙な関係なのだが──────────────
「はいっ!」
茜が元気よく返事をする。
「彼も私もお互いのことが大好きなんです!」
そうして茜はぎゅっと大樹の右腕に抱きついてきた。驚いたように目を見開くスタッフさんに大樹は苦笑いを返す。
「失礼しました……」
スタッフさんに案内されてスタート地点の扉の前に立つ。
「怖すぎて進めない場合、途中でリタイアするルートも存在します。無理をするとトラウマになる可能性もあるのでお気をつけください」
スタッフさんが事務的な諸注意を大樹たちに伝える。そしてスタッフさんが扉を開き、二人互いに頷きあって足を踏み入れたのであった。
次回更新
11月10日予定
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