第122話 花より団子=富士山より……?

「大樹君。その、腕触らなくても大丈夫ですか?」


 電車が動き出して数分後、茜がこっそり話しかけてきた。ちなみに本日は学生こそ夏休み中であるものの普通に平日であるので特急の利用者数は少ない。

 だからこの会話が誰かに聞かれる心配はほとんどないわけで、そのことをわかっている茜は大樹に左腕を見せつけてきた。


 あ、ちょっと脇……は見えなかったがっ!?

 茜の胸元を覆う白色のそれが一瞬側面から見えた。

 服を着ているとぺったんこにしか見えないがどうやら少しはあるらしい。というのは茜が主張していたし、例のお泊まりの時に強引に手を胸に押し付けられて分かっていた。


 確かに少しは膨らんでいたように見える。


 そして当然のように茜に気づかれた。


「大樹君」


 冷たい目がこちらを射抜く。


「公共の場で欲情しないでくださいね」

「す、すまん……」


 不可抗力だとは言いたかったがそれを言った瞬間絶対零度に射抜かれることはわかっていたのでやめておいた。


「でも、別に家にいる時なら、その、やぶさかではないです」


 茜が照れたように顔を背ける。大樹は彼女の腕に手を伸ばして、そっと、触れてみた。茜の首がすごい勢いでこちらを向く。


「大樹君……?」

「すべすべしてる」

「そうですか。なら良かったです」


 茜は満足そうに頷き、こちらに腕を伸ばしてきた。


「ほら、もっと触っていいですよ?」

「じゃあ、遠慮なく」


 据え膳食わぬはなんとやら。果たしてこれが据え膳なのかは疑問が残るところではあるが、まあとにかく茜の腕の感触は良かったのでもう一度触る。


 今度は撫でるように彼女の腕に指先を這わせると茜がぴくりと震えた。


「くすぐったいです」

「ああ。ごめん」


 大樹は手を離す。すると、茜が寄りかかってきた。


「これなら腕だけじゃなくていっぱい触れますね……というわけで少し寝ますね」


 大樹が何かを言うより先に茜は眠りに落ちていった。寝つきがいい彼女である。大樹より少し低いがそれでも温かい体温が大樹の右側面に当たり、それだけで心拍数が大きく上がるのを感じる。


「可愛いな、やっぱり」


 最近は茜の男子人気が上がってきたらしく大樹としては嬉しくもあるがそれ以上に複雑である。

 確実にいい方に向かっているのは喜ぶべきなのだが……美羽が何か言っていたな。


 ───「無駄に女の子からモテるタジュと付き合ったからねー。タジュを諦める女の子が他に目を向けるいい機会になったわけで。知ってる?二年生に上がってからカップル数めっちゃ増えたんだよー。その間接的な立役者になった茜ちゃんは男子から人気、というか株価が上がってるわけよ」────


 だったか。

 要するに『倍率が高すぎて団子になったのを解消したからありがとー!』って感じらしい。


 それだけが人気の原因だといいのだが……


「茜すっごい魅力的だからなー」


 絶対男子の中でも茜の魅力に気がつく人が出てくる。

 実際この前ナンパに遭ってたのもその証拠だろう。


 茜の一番は渡さない。そんな覚悟を決めるのだった。




「富士山だ」


 日本一高い山であり、かぐや姫伝説の最後にも登場した山。それが左側に見えた。

 ここでは特急のスピードが少し落ちるので安心して写真撮影が可能となる。


 ちなみに茜だが……つい先ほど上体を倒して膝枕状態になっていた。

 すっごい安心した表情で大樹に抱きつきながら寝ているので起こすのも申し訳ないと思いこのまま放置することにする。

 とりあえず富士山の写真を撮り、茜の寝顔も撮影した。


 特急での写真は茜の寝顔が数十枚、風景が五枚となった。




「おーい、もう着くから起きろー」


 膝枕のまま起きようとしない茜の肩をポンポンと叩く。


「ん……ふわぁ、まだ寝足りないです……」

「二時間は寝てたぞ」

「昨日は八時間しか寝てないので……」


 思ったより大樹の彼女は寝るのが好きらしい。


 まあとりあえず起きてもらう。




 それから数分後、二人はその遊園地の最寄駅に降り立っていた。


「大樹君の膝枕いいですね」


 改札の位置を探しながら歩いていると横を歩く茜がそんなことを言ってきた。


「そりゃどうも」

「何円で売ってますか?」

「いや売ってないから。非売品だから」


 と言うか売っていたら大樹の足が切り落とされるか茜のベッドから動けないわけだが。


「じゃあどうやって入手すればいいですかね」

「言ってくれたら貸し出すよ。茜限定で」

「ありがとうございます」




 無事改札を発見して外に出る。それから二十分ほど歩くと目的地である遊園地が見えてきた。


「あそこですね」

「そうそう。ちゃんとチケットは持ってるよね」

「もちろんお財布に入ってますよ」


 日本一怖いと呼ばれるお化け屋敷がある遊園地。大樹はそこにやってきていた。


「さて、行きますか」

「そうですね」


 二人は思ったよりも空いていそうな入口に安堵して列の最後尾に並ぶのだった。



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