第121話 遊園地デート!

「茜さん。兄さんはどんな感じ?」


 縁さんが帰ってきました。どうやら塾をボイコットしてきたらしいです。

「一回塾の授業受けなかったところで大学落ちないから良いし」とは縁さんの談であり、私はそこで彼女がもう大学受験の勉強をしていることを知って大きく驚きました。


「一時間くらい前に寝ましたね。熱は38度後半でした」

「あちゃー、兄さん、体調管理はしっかりしないと……茜さんもごめんなさい。デートの約束してたんだよね?」

「ええ、でも、大丈夫ですよ? 大樹君との思い出ならこれからもたくさん作っていけますから」

「大人だー」

「いえいえ」


 私は随分わがままな子供ですよ。今まで大樹君にたくさん迷惑をかけてきたので今現在それを少しずつ返そうとしているところなのです。


「まあ、茜さんお疲れ様。あとは任せて」

「分かりました」


 私はこくりと頷いて自分の荷物であるカバンを拾い上げるのでした。




 翌朝、草宮家


「37.6。すごいね兄さん」

「よしよし」


 熱がもうほぼ落ち着いてきていた。この調子なら明日のデートにも間に合うだろう。


「愛の力はすごいねー」

「まあ病は気からとも言うしな」

「兄さんその言葉あんまり好きじゃないよね?まあボクもそこまで好きじゃないけど」

「何でもかんでも根性論適応するのは違うと思ってる」

「何でもかんでもって、何なら根性論適応するの?」


 大樹は少し悩むように眉をひそめて、納得いく答えが見つかったので口を開く。


「大事なものを、守る時かな」


 大樹が空手を始めた理由であり、中学時代の例の件以来も空手を続けていた理由である。だから最近は護身術もやっているし、大学生になったらMMA総合格闘技にも手を出そうと考えている。


「まあ空手の知識がそのまま実戦に使いこなせるとは思ってないけど、まあやらないよりかはマシでしょ」

「そうだよね。あーあ、ボクも兄さん並みの運動神経があればなー」

「俺もお前並みの頭脳があればって何度も思ったよ」

「でも兄さんは結局なんでもできるじゃん」


 大樹は突発した才能こそないものの全体的に結構なハイスペックでまとまっている。


「まあまあ、そう考えたら結構いい感じの兄妹なのかもな」

「まあねっ!」


 縁に「ほら寝る!」と睡眠を強要されたので大樹は再び目を閉じることにした。

 本日の睡眠時間、午前中だけで十時間ちょいである。


 人間とベッドの親和性の高さに驚愕したこの頃であった。




「すみません。待たせましたか?」

「いや今着い───────「嘘ですね。縁さんから連絡来てました」妹ォ……」


 茜がさらりと大樹の言葉を切り捨て、黒幕の存在を明かした。大樹はその黒幕に怨嗟の声を漏らしたのだった。

 今日は遊園地デート。現在時刻は午前六時。目的地が隣の県のさらに隣であるS県であるのでかなり早めのお出かけであった。大樹たちの暮らす県は縦に長く、大樹たちはその中心部に住んでいるので北部にあるS県は基本的に遠いのだ。


「ところで体調の方は平気ですか?」


 茜が心配するような目でこちらを見てくる。


「全然平気。昨日の朝にはもう動ける感じだった。茜の看病のおかげだ。ありがとう」

「どういたしまして。風邪引いたらまた呼んでくださいね。全力で飛んでいきますので」

「茜もな。困ったら伝えてくれ。本気でなんとかする」

「大樹君の本気ってなんか怖いです」

「え?そう?」


 思わぬ感想に素っ頓狂な声が漏れてしまう。茜はその様子に少し苦笑する。


「多分なんでも捨てちゃいそうです」

「流石にそれはないって。法律とかは怖いし痛いのは嫌だし」


 そこで大樹は駅前に立っている時計を見る。そろそろ特急の時間だ。


「まあ、そろそろ時間だから行くか」

「はい、そうですね」


 大樹はおもむろに右手を差し出す。茜はその手を喜ぶ用に握り……


「改札通らないとダメじゃん」


 一旦手を離して改札を通ってから再び手を繋いだのだった。




 そういえば今日は茜の服装に対して何も感想を言ってなかったと言うことを思い出す。


 水色の薄手の袖なしワンピース。その裾から覗く足は茶色のローファーで覆われていた。

 そして久しぶりに素通しメガネを見た。だからか、彼女はそちらかといえば知的な雰囲気を醸し出している。


「茜」


 声をかけると目的地の遊園地の公式サイトを見ていた彼女はスマホから顔をあげ、大樹をキョトンとした顔で見上げる。


「どうしましたか?」

「今日の茜可愛い。まあいつも可愛いんだけどさ。ワンピースが似合ってる。茜の腕って綺麗なんだなって思った」

「ありがとうございます。えへへ……」


 茜の表情がかなり緩んだ。目尻を緩く下げ、口角を少し上げ、頬は淡く染まっている。茜は腕を軽く持ち上げた。


「大樹君。電車の中でなら、触ってもいいですよ?ほら、今は一般の方も多くいますし」


 その細い腕に大樹の目は釘付けになった。


 そして、直後に特急電車が来て二人はそれに乗り込んだのであった。









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