第124話 小雨と土砂降り
病院(を模したお化け屋敷なので正確には病院ではないが病院と記す)の中に入った二人はどちらからともなく手を握った。
「これやばいかもな」
「ええ……なんだかもうすでに怖いです」
大樹の持つペンライトが前方を照らし出す。
空気はひんやりと重く、二人の足音が響く。
そして、一瞬背筋が粟立つような感覚に襲われて大樹は反射茜の手を離し右足を軸足にしながら回し蹴りを───────
やろうとして全力で自分を止めた。
危ない危ない。思わず落ちてきた小道具に遠慮なく蹴りを叩き込むところであった。
「大樹君?どうしましたか?」
そして茜は気づいてない。多分真後ろに何か小さなものが落ちた。
まあ振り返ってみるか。そう考えて大樹はおもむろに振り返る。
「あれ?」
なんもなかった。そんなはずがない。
「大樹君?」
茜もこちらに視線を向けて……
「いや、気のせいだったかな」
大樹は進行方向にまた振り向いて……
「うわっ!」
「キャー!!!」
廊下の曲がり角からこちらに顔を覗かせる血塗れの何かと目が合った。
それは次の瞬間にはいなくなっていて、大樹と茜は顔を見合わせた。
「最初でこれかよ」
「ほんとに、そうですね……」
「しばらくはお化け屋敷はやめておきましょう」
「そうだな。寿命が縮みかねん」
二人は近場のベンチで休んでいた。
リタイアこそしなかったもののおよそ五十分ほどのかなり恐怖に訴えかけるお化け屋敷は確実に二人に負荷をかけていた。
実際大樹もかなり疲労している。
茜はお化け屋敷内ではただ手を繋いでいるだけであったが、現状大樹の肩に寄りかかっている。
確かに楽しかったが、じゃあもう一回行こうとはどうしても思えなかった。
「次はできるだけ平和なやつがいいですね……」
疲れたように微笑む茜に大樹は首肯を返すのだった。
それと同時刻のお話
あたしこと柊木美羽は皐月と楓哉の三人でゲーセンにやってきていた。
「今頃大樹と佐渡さんはS県だっけ?」
「確かに何か言ってたわね。遊園地デートらしいわ」
「いーなー。あたしも誰かと遊園地デートしたいー」
「貴女は最近よく告白されてるんだから誰かと付き合っちゃえばいいのに」
「タジュがいい男すぎるのが悪いと思いまーす」
「あははっ。確かにそうだね」
「佐渡さんたちを引き剥がすのはゆるさないわよ?」
皐月が眉をひそめてあたしを見るが、もちろんあたしにそんなつもりはない。
新しい白馬の王子様を探しているあたしにとってタジュはいわばかっこいいの基準なのだ。
そのかっこいいはもちろん『顔がいい』というわけではない。
「流石にあの二人の間を引き剥がすのは失礼だよ」
お互い相思相愛がすごい。タジュに関しては茜ちゃんファーストがすごい。
茜ちゃんもタジュ大好きが漏れ出ている。
「それならよかったわ。ところで美羽。ゲーセンに来たはいいものの何をするのかしら?」
「プリクラっしょ! それで次はあたしと皐月の水着購入!三日までもう時間がないんだよー」
「なんでもっと前から買わなかったの?」
「いやー、成長、するもんですなぁ」
あたしは自分の胸に手を当てて……皐月にはたかれた。
「成長といったら皐月もすごいんだよ?」
「え……」
「楓哉の変態っ!」
楓哉は思い切りはたかれた。
そんなわけでプリクラを撮った僕たち三人。皐月と美羽がお花を摘みに行って、僕は一人待っている。スマホに視線を落として大樹がインスクに投稿した富士山の写真を眺める。画面をタップして次の写真に行くとふと笑みがこぼれた。
「確かにあのお化け屋敷はやばいよ」
そう小さくこぼすと同時に美羽が出てきた。
「皐月がちょっとお腹痛いらしくて時間かかるから先ご飯行っててだって」
「あー、おっけー」
「楓哉。浮気はダメだよ?」
「しないって。皐月一筋で生きてきたんだから」
「いいねー純愛」
二人で歩きながらフードコートに向かう。
そこで僕は首筋に嫌な予感を感じてバッと振り返る。美羽がそんな僕を訝しむような視線をこちらに向ける。
「ん?楓哉?どしたの」
「いや、なんでもない」
ショッピングモールの人混みの中には目的のものを見つけることはできなかった。
視界の隅に入った大窓の外では小雨が降っていた。
「おーまいがー」
「これは……予定外ですね」
夕方、屋内ジェットコースターから降り、二人で外に出るとそれはもう豪快なくらいに大雨が降っていた。
あと一時間は滞在する予定であったが天気予報を見ると雨は止みそうにない。
茜と相談した結果諦めて撤退することになった。
のだが……
「そんなん知らんて」
「……詰みましたね」
ショップで傘を購入し、相合傘をしながら駅まで必死に戻ってきた二人。そんな二人を待ち受けていたのは『安全のため全線運行見合わせ中』という文字列であった。どうやらこの駅からほど近いところで土砂崩れが起こったらしい。
それだけならまだ希望はあったので色々調べたり考えたりして再び絶望した。
隣の駅に行けそうなバスも動いておらず、タクシーを用いようとしても皆同じ考えで利用はほぼ不可能。
「あ、お母さん。ちょっと困ったことになりまして……」
茜が電話をかけている。それを邪魔しないように待っていると電話を終えたらしい茜が眉尻を下げてこちらにやって来た。
「こちらで一晩過ごすしかないようです……」
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