第三章前編最終話 決別

「おお、草宮。珍しいな。声かけてくるなんて」


 樋口冬夜ひぐちとうやは疲れた様子だった。そんな彼に大樹はおどけた様子で話しかける。


「いやー、修学旅行一緒に回ろうぜ?今なら和風美少女と西洋美少女もセットで付いてくるぞ?ああもちろん、和風美少女の方は俺の彼女だから手を出すなよ」

「手絶対出さないからご一緒させてもらっても良い?」

「おう」


 そんなわけで一年の時もクラスメイトであった樋口も含めて修学旅行の班は完成したのだった。




「修学旅行ってどこ行くんでしたっけ」

「仙台だったかな、愛知の空港から飛んでいく感じだって」

「なるほど。楽しみですね」

「まあまだ夏休み挟むから遠いけどな」

「その前に色々と大変なのがありますね……」


 実際来週は模試がある。


「模試といえば大樹君の模試の成績はどんな感じなんですか?」

「直近では第一志望がB判定だったな」


 大樹の第一志望は隣の県にある有名国公立大学であった。


「良いじゃないですか。頑張ってください。応援してます」

「そういう茜は?」

「帝大薬学部がA判定です」

「化け物で草」

「ふふふ、佐渡家一の逸材と親戚には言われてるんですよ」

「そっか。茜めっちゃ頑張ってるもんな」


 大樹は彼女の頭をわしゃわしゃと撫でた。茜は体をビクンと跳ねさせて薔薇色に染まった顔でこちらを見上げた。


「ちょっ、こんな道のど真ん中で……!」

「まあまあ、良いじゃん」

「大樹君私の髪の毛大好きですね……」

「まあそりゃ茜が好きだからね。茜の髪の毛が好きになるのは当然というか……ほら、茜の髪の毛って茜の一部じゃん」

「それはそうですけどぉ……」


 そんなわけで茜の頭を撫で続けたのだった。




「大樹君。今度の模試ですが、賭けをしませんか?」

「良いけど茜絶対勝つじゃん。そもそも文系理系違うし」

「国語、数学、英語の偏差値の平均でいきましょう」


 なるほど確かにそれなら文理の違いも小さいだろう。


「勝った時の賞品は?」

「ベタですが『なんでも一個言う事を聞かせられる』事でいいでしょう。あ、もちろん良識の範囲内で、ですよ?」


 茜が人差し指を立てながらなんて事のないように言うが、大樹はその賞品の内容に生唾を飲んだ。

 できうる限り冷静なように大樹は茜に告げる。


「分かった。絶対に勝つ」

「大樹君そんなに私にお願いしたいことがあるんですか?」

「そうだな」

「そうですか。私もあるので、負けられません」


 二人はバチバチと火花を散らしあい……

 それから一ヶ月が経過した。




「いざ」

「尋常に」

「「参る!!!」」


 ある日の文芸部室、羽村は用事があると言って先に帰ったため二人きりの部室。そこで二人は対峙していた。


 互いにスマホの画面を相手に突き出す。そして……


「ぐはっ」


 大樹は片膝をついた。それを茜は悠々と見下ろす。


「平均偏差値の差が5、ですね。圧勝です」

「くっ、殺せ……!」

「勝負を提案したあの時の大樹君の気迫は本物でしたので危ないなと思っていました。よく頑張りましたね。大樹君の第一志望Aに上がってますよ」


 茜が大樹の頭を慈しむように撫でる。


「それでも、私の勝ちです。なので、お願いを聞いてもらいたいと思います」

「良識の範囲内、な?」

「分かってますよ。じゃあ……」


 茜はそっと、恥ずかしがるように、だけど、強く告げる。


「次の休みに、あの子に、かつての親友に会うことになってます。だから……」


 勇気を、ください───────


 大樹はへらりと笑顔を浮かべて、もちろんと頷いて、彼女をそっと抱き留めた。





「あ……」


 私はカフェで彼女を見かけてそちらに吸い寄せられるように歩きます。

 私はそのテーブルの前に立つと彼女は気がついたのかこちらに目を向けます。


「佐渡さん。久しぶり」


 かつてのように『茜』と読んでくれなかったことに一抹の寂しさを感じながら私は挨拶を返して彼女の対面に座ります。


「お久しぶりです。紗英ちゃん」


 やってきた店員さんにウィンナーコーヒーを注文して彼女、鹿嶋紗英かしまさえに向き直ります。


「佐渡さんは高校生活どんな感じ?」


 会話は自然に始まります。


「そうですね。勉強は大変ですけどとっても楽しいですよ。紗英ちゃんはどうですか?」

「吹奏楽頑張ってるかんじかな。確かに勉強は大変だけど秦明ほどではないよ多分」


 紗英ちゃんも頭が良かったので高校もそちら方面に進んだらしいです。




「……ごめんね、佐渡さん」


 会話が盛り上がった頃、紗英ちゃんは唐突に頭を下げます。私はその瞬間、始まったと理解して気を引き締めます。


「い、いえ。もう気にしていませんし、大丈夫ですよ」

「じゃあ、なんで今日呼び出したの?」

「私が、過去のしがらみから解放されるためです」

「しがらみ……?」

「あの日を境に私が変わったのは知ってますよね?」

「そりゃ、もちろん……」


 私は大樹君の笑顔を思い浮かべながら喋り続けます。


「でも、一年生の九月くらいに私のことを見つけてくれたある男の子と仲良くなりまして、バレンタインにその子に告白されたんです」


 あの告白はすごくかっこよかったです。びしょ濡れ泥まみれになりながらも決意に固まった瞳で私を見つめてくれたその目がすごかったです。


「保留にさせてもらっていますが、彼にきちんと好きだって伝えたいんです。だから、私はきちんと過去にケジメをつけたいんです」


 私をまたある姿に戻してくれた彼にありがとう、と伝えたいんです。

 私はもう冷めたウィンナーコーヒーを飲み切ります。


「だから紗英ちゃん。握手を、しましょう」


 仲直りの、そして、決別の。

 私は左手を差し出します。


「うん、そうだね」


 紗英ちゃんも左手をこちらに出してきて、それを私はゆるく握ります。


「じゃあ、これでお別れですね」

「うん」


 私はカバンを肩にかけて立ち上がりました。




 私はお会計を済ませてカフェを出ると電話をかけます。

 待ってくれていたのでしょうか。かけた瞬間に応答が来ました。


『もしもし茜、大丈夫か?』

「はい。ですがとっても疲れました。どこにいますか? 会いたいです」

『……』

「大樹君?」

「私タジューさん。今あなたの後ろにいるの」


 そんな声が背後から聞こえて、振り返ろうとした瞬間、私は背後から抱きしめられていました。


「茜、お疲れ様」

「……はい」


 私はどこまでも信頼している彼の両手をそっと握るのでした。


 私はそこで決意します。夏休みの終わりにある夏祭り。そこで大樹君にちゃんと告白する、と。







真の最終章 第三章後編 『最後の試練』編


夏休み、関係のさらに深まる大樹と茜の前に最後の試練が立ちはだかります。

主に大樹君のお話です。

この章を読む前に『プロローグ side=T』、『矜持②』をもう一度読み直すことをお勧めします。


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