第134話 あなたに隣にいてほしい

 雑踏の中を、歩く。

 大樹もその流れに乗りながら茜の小さな手を離さないよう尽力する。


 そして良い感じの堤防の上を陣取ることができた。ペットボトルの緑茶で喉を潤しながら、花火が上がるのを待つ。


「大樹君……」


 横から不安げな声が聞こえ、大樹はそちらの方を向く。

 茜はどことなく寂しそうな顔をしていた。

 そんな顔はしてほしくないから、大樹は彼女の左手を右手で取った。


「ほら、もうちょい寄りなよ」

「はい……」


 茜を引く。それだけで少し空いていた二人の距離がゼロになる。

 夏の夜はやはり暑い。ただ、その気温ですら、二人でいればむしろ快適であった。


「そろそろ出会って一年になるのか」

「そういえばそうですね。確か隣の席になったのが二学期始まってすぐの席替えでしたから」

「色んなことがあったよな。茜と何回か色々出かけて、文化祭の時にさ、カップルじゃないのにカップルコンテストに出されて」

「あ……互いをよく知ってるかクイズで全部間違えたやつですね。今となってはめっちゃ悔しいです」

「俺も。多分次でたら余裕、かは分からないけど八割くらいは正解できる気がする」

「私もそれくらいはできそうです」


 全問正解は難しい。関わり始めて一年で互いのことを全部理解するなんて無理だ。

 だから表面的な知識でさえ多分取れても八割。

 それでも二人は問題ないと認識していた。


「にしても茜可愛いよな」

「そ、そうですか?」

「いや、いつも可愛いんだけどさ、今日は浴衣だから、一層茜のイメージの和風っぽさが出てて可愛いなって」

「えへへ、ありがとうございます」


 茜は体をこちらに傾けていた。その肩を抱き寄せる。


「好きです」

「俺も好きだ」


 暗い夜の中、二人は堤防の上で談笑したのだった。




 花火が打ち上がる。

 茜はそれを見上げて時折感嘆のため息を漏らす。その横顔をじっと、眺めていた。

 その黒曜の目の中に映る花火の光が美しくて、大樹はそっとため息をついた。


 こんなの、待てるはずがない。


「茜」


 大樹はそっと声をかける。


「ん、どうしましたか?」


 彼女はこちらを向いて可愛らしく首を傾げた。そんな彼女に耳元で囁く。


「好きだ。俺と、付き合ってほしい」

「……ふぇえええぇえええ!?」




「もうっ!!! なんで待ってくれないんですか!」

「ほんとに申し訳ない」

「帰り道に告白しようとしたんですよ!」


 先ほど我慢できずに茜に告白した結果、キレられてます。

 剣幕が強くて何にも言い返せていない。


 花火が終わり、帰り道で茜はちょっと怒っている。

 でも照れ隠しが九割九分なのでむしろ可愛い。


 茜は少し立ち止まってため息をついた。場所はもう直ぐ茜の家が見えてくるあたり。


「……でも、良いでしょう。────────大樹君」


 彼女は真っ赤になった顔をこちらにむけた。その唇が動く。その黒曜石の目が、大樹の姿をありありとうつす。


「あなたのことが大好きです。だから、私の隣でずっと笑っていてくれませんか?」


 耳を打つその言葉に大樹は熱くなりそうな目頭を感じながら、どこまでも愛しい人生最初で最後の恋人佐渡茜を強く抱きしめたのだった。







明日午後6時、最終話を投稿します。

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