第112話 茜の好きなこと

「茜さん明日兄さんとデート行くんでしょ?」

「はい。そうですけど、どうしましたか?」

「ならもう今日泊まって行かない?」


 どうせ明日も会うんだし。縁は鹿爪らしい顔でそう言った。

 茜はその提案に悩むようにうーんと唸ったあと、スマホを取り出した。


「一旦お母さんに相談してもいいですか?」

「いいよー」


 茜はスマホを耳元に持っていきながら「失礼します」と廊下の方に歩いていった。


「茜さんが泊まってくれるとボクとしても嬉しいんだよね」

「先月泊まりに来てたけどな」

「その日はボク修学旅行だったじゃん」

「まあ、確かにそうだな」


「お母さんから許可取れましたので、今から家に帰って準備をしたいと思います。大体一時間後くらいにまた戻ってきます」

「おっけ。いってら」

「行ってらっしゃい茜さん」

「はい」


 そうして茜はスマホだけを持って大樹の家を後にした。




「時に兄さんよ」

「なんだ妹」

「茜さんにはどこで寝てもらう?」

「うーん、どうする?」


 来客用の布団なんてものは存在しない。大樹の両親のベッドを使ってもらうというのも手ではあるが茜が気後れする可能性もあるだろうし。


 そんなわけで大樹と縁はあーでもないこーでもないと議論を重ねた。


「やっぱ兄さんと同衾してもらうしかないね」

「そうなるのか」

「まあボク寝相終わってるし」


 縁は圧倒的なIQを持つがその代償か色んなものを捨て去っている。その一つに寝相も含まれているわけで、もし茜が縁と同じベッドで寝ようものなら多分茜は一時間も経たないうちにベッドから蹴り落とされる。


 そうなると申し訳ないでは収まらない。それと、縁の恋人同士を一緒に寝させたいという思惑がいい感じに絡み合った結果であると言える。


「とはいえ、茜さんが泊まってくれるなら夜ご飯どうしようかな兄さん」

「一旦聞いてみるわ」

「うん、お願い」




 茜に連絡を送ってしばらく、茜から返信が来た。

 その文面を見ながら縁に伝える。


「茜が作ってくれるんだって。縁なにか食べたいものある?って」

「茜さんの手料理!?ボクそれなら肉じゃが食べたい」

「おっけー、肉じゃがな」


 肉じゃが、味噌汁、卵焼きの三つはそれぞれの家庭の味が色濃く出ると言われている。

 大樹としても佐渡家の料理がどんな感じのものなのか知りたいので縁のアイデアを採用して茜に連絡するのだった。




「戻りました」


 ドアがゆっくりと開き、茜が帰ってきた。


「おかえり茜さん」

「おかえり茜」

「はい……!ただいまです……!」


 茜の「ただいま」。可愛いしちょっとしおらしいそれが鼓膜を震わせる。見ると茜は大きなリュックを背負い、肩から小ぶりなバッグをかけていた。


「茜さん。着替えとかは全部ボクの部屋に置いて良いからね」

「ありがとうございます」


 茜はリビングを突っ切って廊下に消えた。


「さて、ボクはここでしばらくお暇しよっかな。夜ご飯あたりには帰ってくるからねー」

「あっ、おい! ……逃げ足早いなおい」


 縁はいつのまにか外出準備を済ませており、大樹が何かを言うより先にすごい勢いで家からダッシュしていった。


 どうして大樹の周りの女性は普段足遅いくせに何かがあると急に早くなる人が多いのか。

 そんなことを不思議に思っていると茜が降りてきた。


「あれ、縁さんは?」

「なんか外出てくるってよ」

「自由人ですね」

「ほんとにな」

「となるとこの家にはまた二人っきりですか?」

「そういうことになるな」


 茜は少し恥ずかしそうにもじもじしている。そして彼女はソファに腰掛けた。


「隣良い?」

「どうぞ」


 食い気味に返ってきた返答にちょっと面食らいながらも大樹は茜の横に座る。


「大樹君、明日デートするじゃないですか」

「そうだな、何か買うの?」

「今度みなさんで海に行くじゃないですか」

「そうだな。あ、もしかして水着とか?」

「察しがいいですね。そういうところも好きですよ」

「おう、ありがとな」


 茜が最近「好き」という言葉に躊躇がなくなってきた。それだけ茜は大樹に好きだと伝えていることの証明である───────。

 もちろん、同じくらい大樹も茜に想いを伝えているのだが。


「俺も茜のこと好きだよ」

「ちょ、そんなにからかわないでください……」


 茜は顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

 この髪を手櫛で優しく梳いてやると少しばかり落ち着いたらしい。大樹にそっと寄りかかるようにしている。


「大樹君、お昼寝しませんか?」


 どうやら茜は眠たいらしい。最近気が付いたのは茜の三大欲求の中では睡眠欲がダントツで一番高いということだ。


 部活の時も大樹が教室で友達と喋ってから行くと大抵机に突っ伏して寝ている。それでも家でちゃんと寝ていないわけではないらしく、毎日11時には寝て6時に起きるという生活を送っているらしい。


「良いよ。どこで寝る?」

「ふわぁ……たいじゅくんのベッドでもいいですか?」

「別に良いけど、もしかして俺も寝る感じ?」


 そうだとしたら前回のお泊まりのようにかなり理性の維持にリソースを割くことになるが───────


 茜は緩み切った笑顔を浮かべて答えた。


「あたりまえじゃないですか」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る