第90話 全校生徒へカップル宣言
ステージに立った途端、緊張で足が小さく震えます。たくさんの視線が、私に……
たしか五ヶ月前の文化祭の時もこんなのありましたね。でも、それよりも多いです。なぜなら全校生徒のほとんどがいるのですから。
先ほどステージ照明が暗転して、その間に生徒会の方たちが用意してくれたのでしょう。二つの机が向かい合うように置かれています。そこには設置型のマイクが置いてありさながらラジオのようです。
大樹君はそのうち片方に座り、それを見た後私も座ります。
「『なあ、文芸部って知ってるか?』」
おもむろに大樹君が話し始めて、それがマイクに乗って広がります。
私は唇を少し湿らせてマイクに届くように一言。
「『うん、もちろん。でも、文芸部ってどんなところなの?』」
敬語を外すのはとても恥ずかしいです。でも、これは演技。みなさんに親しみやすいキャラをしなければ。
「『そうだな、最大の特徴だけど、部員同士の仲が良いってところかな。すごいよな、部内恋愛もしてるらしいぜ』」
「『何!?カプ厨の私にとっては素晴らしい世界!』」
大樹君!なんでこんなセリフ入れたんですか!私が『カプ厨』なんていうのこれが最初で最後でしょう!?
周りから笑い声が聞こえます。でもそれは普通に面白いからの笑い声であり嘲笑ではないので安心して続けることができます。
「『それで、誰と誰が付き合ってるの?』」
大樹君は少し悩むそぶりをしました。
「『さあ、誰と誰かな。文芸部にきたら分かるぜ』」
「『文芸部、良いね。でも、やっぱり本好きの集まりだから変な人多いんじゃないの?』」
私は引き出しに入っていたボタンを押し込みます。それと同時に響く声。
『そうだ!そうだ!』
この声は会長に頼んでとってもらいました。
大樹君はその音声が終わった後、机に身を乗り出して、囁くように
「『ここだけの話なんだが、文芸部にすっごい可愛い先輩がいるらしいぜ?』」
「『ふぁ……そうなんだ』」
大樹君に囁かれたような感じになって一瞬変な声が漏れ出しましたが、すぐに頑張って冷静さを取り戻して台本通りに続けます。
私はハッと気がついたように大樹君に向かって喋ります。
「『そう!聞いてないじゃん!文芸部って何してるの!』」
しばらく間をおいて、大樹君が続けます。
「『本を語って語って部誌を書く』」
某シャ⚪︎ルのサビのリズムでそう発するとみなさんが笑います。
「『例の失恋ソングのリズムに載せたね!?』」
「『失恋はしたくないけどまあ文芸部はだいたいこんな感じ。語る本は純文学でもラノベでもマンガでも同人誌でもなんでもいいぜ。とにかく本が好きな人はみんな来てくれってことだ』」
「『楽しそうな部活だね。ところで、部員は何人いるの?』」
すると、大樹君は立ち上がってステージの一番前に来て両手を広げます。
「来い!文芸部一同!」
そう高らかに宣言します。私はゆっくり立ち上がって彼の隣に立ち、目の前に広がるおよそ九百人を見ます。
「『あれ、来ない?』」
私はマイクを持ってそう言います。一年生も不思議そうな顔でステージの袖を見つめています。
大樹君は苦笑いをしながらマイクを口元に持っていき
「『なんと!部員が二人しかいないんだぜ!』」
「『何それ!廃部の危機じゃん!』」
「『そうだ。だが安心しろ。我が文芸部は幾多の危機を乗り切ってきた。今年もこの九百人のうちのいくらかの力で危機を脱する!……はずだからみんなよろしくね』」
最後のちょっと早口になった大樹君にみなさんが大笑いします。
「部員二人しかいなくて、カップルがあるんですよね!?」
そう声を上げたのは一年生の小柄な女の子。この部活紹介は在校生が囃し立てたりして成立している側面もあるためその発言自体はむしろ盛り上げるためにウェルカムです、が! 今気づかなくても良くないですか!?
その女の子の言葉で大笑いしている一年生の子達がハッとしたように私と大樹君を見ます。チラリと舞台袖に目をやるとたくさんの顔がのぞいていました。
私はさりげなく大樹君に相談します。
「どうしましょう……」
すると大樹君は口の片端を吊り上げてニヤリと笑いました。
「まあ、任せろ」
「となると!お二人が!?」
ざわざわと体育館中がざわめきます。全てを知っている二年生の方は「ひゅー」などと囃し立ててきます。そんな中隣に立つ彼はこくりと頷きました。
そうして、大樹君はマイクを左手に持ち替えて空いた右手で私の手を握ってきます。
「まあ見ての通り、俺らは付き合ってる……これで良いよな?」
「はい。ありがとうございました!」
大樹君はそのまま左手のマイクを口元に持ってきて再び芝居がかった口調で
「『じゃあ、また文芸部で会おう!場所は旧校舎一階の隅。ドアの横に文芸部って書かれてるから分かるはずだ!』」
拍手と歓声の中、大樹君はこちらを向きました。
「じゃあ、戻ろうか」
「……そうですね」
そして、私は彼の手を強く握りしめたのでした。
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