第42話 それは反則だと思うのです

 チャイムの音が鳴り響くと同時にシャーペンが置かれる音が教室中から聞こえる。


「それじゃあ後ろの人回収してきて」


 大樹は後ろからやってくる女子生徒に解答用紙を手渡して大きく伸びをする。


 これで一週間続いたテストが無事終了した。手応えはいつも通り。ただ雰囲気周りの様子を見ていると平均点が少し低め気がする。


 つまり順位は上がりそう。素晴らしい。

 内心で満足しながら先生の合図で早速立ち上がる。


「タジュ!皐月!楓哉!行くよ!」


 今からいつメンでカラオケに行くのだ。大樹の歌レベルはそこそこ。平均くらい。

 なのでカラオケで無双なんて夢のまた夢なのだがやっぱりこういうのは雰囲気で盛り上がるのが大切。大樹は廊下で三人を待ってカラオケに向かうのであった。




「あの日くれたキミの言葉を今度はキミに送るよ」


 楓哉はカラオケ最強である。最後の一瞬まで力強く伸ばし切った楓哉のスコアは96.368。強すぎる。


「やっぱ楓哉上手いよな」

「一応声楽は小さい時にやってたからね」

「はい次あたし!」


 美羽がマイクを手に取り、




「さようならはキミから始めた〜」


 これはカラオケの定番となっている失恋ソング。


「恋に朽ちては失い新たな一歩を〜」


 そして間奏に入った瞬間美羽は大樹の方を見て


「気持ちこもってるっしょ!」

「マジで気にしてるからやめてくれ……」

「でもね、友達でいてくれて嬉しいよ!」

「それはどうも」




 そしてその後、大樹、皐月が歌い終え、雑談タイムとなった。議題は


「タジュの好きな人について〜!!!」


 どこかから効果音が聞こえてきそうなテンションでつげた美羽はマラカスを軽く振った。

 その軽快な音を耳に通しながら大樹は嫌な予感に壁を見つめるのだった。




「正直な話さ、大樹なら誰でも落とせると思うんだよね」


 色々喋って楓哉が結論に近しい話をする。


「確かに成績は高い、運動神経も良いし、顔立ちも男前な感じだから人気はあるわよね」

「褒めてもらえるのは嬉しいけど茜はなんか違うんだよね」

「そうそう。失礼かもだけどなんか自己否定することで成り立ってるみたいな。自信の前にまず最悪なパターンを考えてるみたいな」


 あ、そうそう。なぜかは知らないが大樹の好きな人=茜はいつメンの共通認識と化している。多分あの時の昼食が原因だろうか。


 その原因であろうものを大樹は知っている。茜の持つトラウマ。原因はなんだろう。そう考えて気づいた。


 あまりにも茜のことを知らなすぎる。

 よく考えたら好きな食べ物すら知らないのだ。そんな人間が救うなどと覚悟を決められるのか。無責任な自分に腹が立つ。


「おーい。生きてる?」

「……はっ」


 大樹は目の前で振られる片手に気がつき慌てて周りを見る。どうやら三人は歌うのをそっちのけで俺の方を心配そうにみていた。


「大丈夫?」


 美羽が深刻そうな顔で大樹を見ており、それほど酷かったのかと少し自分に呆れる。大樹は笑顔を作り


「ああ、平気だ。さあ歌おう」

「……」

「……」

「……」

「どうしたんだよみんな」


 大樹は何も言わない3人に向けておどけたように笑う。


「大樹。僕たちはお前に言わないといけない」

「なんだ?」


 ただならぬ気配を感じて大樹は身構える。


「せーのっ」


 そして3人から


「「「ヘタレ!!!」」」


 皐月が目をすっと細めて大樹を睨むように見て、平然と


「私は彼氏がいたことがないからどうやって付き合うのかとかは分からない。でも人と仲良くなるのは私も楓哉も美羽も大樹も得意なはず。だから、前進あるのみよ」


 途中から横の二人のニヤニヤが止まらなくなっていたが、皐月の言い分はもっともであり、大樹自身実行しなければと思っている。


「ああ、分かったよ」

「よし!美羽!今だ!」

「悪く思わないでね。タジュ」

「おい、お前ら何するっ!?」


 机に置いてあったスマホを美羽が回収し、すぐにFace IDを起動されロックを解除される。

 そして、ずっと突き出されたスマホを見ると、


『アカネへ発信中』


 大樹は無の表情で美羽と楓哉を見つめて、電話を切ろうとした瞬間


『もしもし?』

「ごめんな茜突然」


 三人の方を見ると楽しそうにこちらを見ているので軽く睨み返してからカラオケルームを出て通路を歩きながら電話をする。


『あれ、美羽さんたちとカラオケなのではなかったのですか?』

「ああ」

『では、どうして私に?』


 どう答えようか考えていると、後ろからそっと囁かれる。


「(茜ちゃんの声が聞きたかったって言え)」

「うわっ!」


 大樹は振り返って美羽にしかめ面を向けると美羽は「あはは」と笑いながら手をひらひらと振り戻っていった。


『大樹君?どうしましたか?』

「目の前に虫が飛んできてな」

『そうでしたか。それで、なんで私に電話を?』


 まだ茜を救うだけの大層な覚悟はできてないけど、茜の隣に立つための覚悟は決めた。


「茜の声が聞きたかった」

『……ピギャッ』


 ガラガラドカンバッタンバターン!!!

 電話の向こうで地獄のような音が聞こえてきたのでとりあえず生存確認を取っておいた。怪我もないようで安心。


『私の声ですか……』


 もうどうにでもなれ!


「茜の声は落ち着くから好きだ」

『……ソウ、デスカ』


 消え入りそうだ。電話の向こうで縮こまって震えているであろう茜を想像すると少しおかしくなってきて小さく笑ってしまった。


『あー!笑いましたね!今、笑いましたね!良いですよ別に!今から大樹君のことをびっくりさせてあげます!』

「おうやってみろ」

『……』

「どうした?いや、いじめすぎたのは謝……」

『───私も好きですよ』


 吐息混じりの知的少女のハスキーボイスは反則だと思うのです。


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