第119話 咳をしたら二人

 あたしは店長と一緒に帰路を辿る。


「うん、やっぱりいるねぇ」

「そうなんですか?あたし全然わからないです」

「いやーな気配を感じるよぉ」


 言われると確かに少しだけ違和感を感じて後ろをチラッと見る。


「ねえ、ここはちょっとお姉さんに任せてみなぁい?キミの友達にも伝えたんでしょ?心配してるよきっと」


 あたしは少しばかり逡巡して、こくりと頷く。それを満足げに眺めた店長はあたしにそっと耳打ち。


「目の前の路地裏に逃げるよぉ。キミは足が速いからお姉さんより前にいてねぇ」

「危険じゃないですか?」

「コレでもいろんな格闘技やってたからねぇ、自分から思いを伝えられないようなヘタレストーカーなんかにぃ負ける筋合いはないよぉ」


 店長はぐっと力こぶを作る。


「じゃあ、行くよぉっ!」


 その合図にあたしと店長は走り出した。




 さぁて。可愛いバイトちゃんのためにやりますかぁ。

 私は美羽ちゃんをちょっと後ろから追うように走り、美羽ちゃんが角を曲がって止まったタイミングで急ターン。そのストーカーに向き直る。


「やっほぉ、薄汚いおっさん」

「うるせえ!三十代だ!」

「それで、うちの可愛いバイトちゃんに手を出そうとしたのは貴方かしらぁ?」


 フードをかぶっているから背格好はよくわからないけどぉ、まあ簡単かなぁ。

 私は拳を緩く構えて重心を少し落とす。


「そこをどけえっ!」

「話通じないのかしらぁ」


 拳を固めて飛びかかってきたフードのおっさんの懐に潜り込んで───────




『そんなわけで接触禁止命令が出ましたー!やったね!』

『良かったですね!』

『やー、顔見たんだけどさ、確かに接客したことあったなーって』

『美羽さん可愛いですしそのタイミングでしたか……』

『もうっ、営業スマイル本気にするなっつーの!』


 一週間後の夕暮れに美羽から電話がかかってきた。茜も通話に参加しているらしい。茜は最近ずっと美羽のことを心配していたからかちょっと涙声である。

 先ほどカフェの店長の化け物っぷりを聞いてちょっと戦慄した大樹だが親友が困っている状況が解消されたことを喜んだ。




『でさでさ、海なんだけど八月三日で良い?もう他の三人はこの日でいいって言ってるんだけど』


 話題は変わって今度の海の話。大樹は電話片手に立ち上がりカレンダーを眺める。今日は七月二十二日。茜との遊園地デートの三日前である。

 カレンダーを一枚めくる。


「俺は問題ないな」

『私もです』

『オッケー。場所は前言った通りねー』




「咳をしてもしなくても一人……」


 大樹はベッド横になりながらで恨み言をこぼした。七月二十三日、デート前々日。エアコンのガンガンに効いた薄暗い室内。


 草宮大樹、絶賛体調不良である。


「はぁ、まじで論外なんだが……」


 心当たりといえば、ある。昨日電話が終わった後、日課のランニングをしていたところにゲリラ豪雨に襲われた。

 汗だくと大雨の相乗効果だろう。


「38度2分……薬飲んでもう一回寝よう」


 幸いまだ希望のある数字を体温計は示している。大樹は枕元に置いてある解熱剤を三錠飲み込み、再びベッドに潜り込んだ。


 午前九時のことである。




「あさっては遊園地デートですか。えへへ、楽しみです」


 勉強に疲れた私はググッと伸びをして今までに大樹君と撮った写真を見返します。ツーショットもあれば大樹君だけのものもありますが、個人的なイチオシは寝顔大樹君(初デートの日の佐渡家でお昼寝ver)。

お母さんがあの日のお昼寝の写真をいっぱい撮っていたらしく、それらを送ってもらいました。


 大樹君が私のことを抱きしめていますし、その私も大樹君の腕を枕がわりにして眠っています。

 この写真の素晴らしさを誰かと共有したくてリズちゃんに見せたところ、カタコトで「トートイ!トートイ!」と繰り返していました。そうやら尊いらしいです。

 えへへ。


 コホン。表情が緩み切っていましたね。


 スマホに通知が来ました。チラリとみると大樹君からのRIMEで、私はそっとそれを見ます。

 駆け引きは大事だとどこかで学んだような気がしなくもないので緊急を要する話題じゃなければ三十分くらいは置いてみようかと思います。


 大樹 『熱出たわ。もしかしたらあさってのデート厳しいかもしれん。ごめんな』

 アカネ 『大丈夫ですか!? 今お見舞い行きますね』


 善は急げ! です!




 とりあえず外出用の服装に着替えて家を飛び出します。


「茜?何しに行くの?」

「大樹君が熱出したっぽいのでお見舞い行ってきます」

「あらー、大丈夫かしら? 茜。行ってきなさい。今度デートでしょう? 貴女がうつったら本末転倒だから一応マスク持って行きなさい」


 お母さんからマスクを受け取った私は駆け足で敷地を出ました。




 ピンポンピンポーン


「んぅぁ……なんだ?」


 大樹は体をこっそりと起こす。

 思考が上手く回っていないのがわかる。とはいえこのインターホンの主が誰かを知る必要はあった。


 スマホが通知を鳴らす。その画面を見て大樹はほっと安堵の息をついた。


「あかねか」


 大樹はベッドからゆっくり降りて壁に手をつきながら玄関へと向かうのであった。



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