晴れ時々雨

第118話 曇天

「あぁ……」

「これは……」


 今回は茜がプランを立ててくれていたためそれにエスコートしてもらっている。

 時間的にはお昼時。AtOmを出て茜が見つけてきたカレーライス専門店前。二人は並んでその光景にため息をついた。


「臨時休業、ですか……」

「そうみたいだな」

「予定とか見れてなくてごめんなさい」


 茜が頭を深々と下げようとするのを頑張って止めながらそのドアに貼ってある紙を見た。


「いや、茜なんも悪くないなこれ」

「どうしてですか?」

「準備中に店長がつまづいて転んで鍋がぶちまけられたんだとよ」


 そんな誰にも予測できない出来事だったわけで、茜に非は一切ない。そう説明した。


「なる……ほど。では、お昼ご飯どうしましょうか?」


 大樹は頭を捻る。何か良い案は無いものか。

 一個だけあるとすれば……

 ふと思いついた大樹は茜の手をそっと引いた。




「まあすっごい無難だけど『メヌ』とかどう?」


 大樹と茜の食の好みはそこそこ異なる。しょっぱいものが好きな大樹に対して彼女の好みは甘いものだ。

 そんな二人の好みを満たすためには幅広いメニューを取り扱う店である必要があった。困った時の『メヌ』である。


「そうですね。確かにそこならカレーもあるでしょうし」

「茜もしかして今日カレーの気分?」

「ええ。デートプラン考える時にカレー屋さんを調べてたらもう今日カレーのつもりになってました」

「ちょっと待ってな。それなら……」


 大樹は地図アプリを開いて検索をかけようとしたところ、茜にクイっと手をひかれた。




「いらっしゃいませー!……って、タジュと茜ちゃんじゃん!どしたの?」

「いえ、そういえばここで美羽さんがアルバイトをしていると聞いたなと思いまして」


 やってきたのはこじんまりとした個人営業のカフェ。茜が扉を開くとカフェの制服姿の美羽が挨拶をしてきた。内装はアンティーク調で少し高級感がある。


「おおー!歓迎するよ!」

「確かに美羽バイトしてたな」

「まあうちちょっと金銭的に厳しいからねー。それで、ご注文はお決まりでしょうか?」

「この気まぐれカレーを二つお願いします」

「かしこまりましたー!」


 美羽は元気いっぱいに店の奥に消えていく。


「茜。どう思う?」

「ええ。さすがに今のは気づきました」


 二人は表情を少し険しくする。


「美羽さん、空元気ですね」

「そうだな」


 原因は不明。ただ、美羽は無理をして笑顔を浮かべているように見えた。例えそれが『カフェのアルバイト』という立場から出る営業スマイルであったとしても。


「何はともあれ、聞いてみるか」

「そうですね」


 二人は氷の入っていないお冷の水を飲んだ。




「やー、隠せてると思ったけど無理だったかー」

「結構うまかったぞ。多分皐月は気付けるだろうが楓哉は気づかない」

「タジュもなんだかんだであたしのこと見てるよねー。あれ?もしかして、惚れちゃった?」

「大樹君。説明を求めます」


 私服姿に戻った美羽が蠱惑的に舌をちろりと出す。茜の目のハイライトが消える。


「美羽は親友だって」

「浮気をする男性の常套句ですね」

「ひどい!あたしとの関係は遊びだったっていうの!?」


 変に美羽が上手い演技を挟むせいで修羅場になる!


「美羽。演技は上手いがこのタイミングじゃないことは理解してくれ。そのうち俺が刺される」

「にゃはー」


 あコイツ反省してねえ。


「コホン、それで美羽さん。何があったのですか?」


 目が復活した茜が核心をつく。美羽は少し周りを見渡して、店の奥に声をかけた。


「てんちょーう! 奥使って良い?」




「はぁい。気まぐれカレー二つになりまぁす。柊木ちゃんもゆっくりしてねぇ」


 大人の余裕溢れる店長さんが部屋の真ん中に置かれたテーブルに不思議なカレーを二つ置き、美羽の前には湯気を出すマグカップが置かれた。ホットミルクだろうか。


「「いただきます」」


 二人はカレーを乗せたスプーンを口元に運び……

 美味しいが非常に高刺激という意味のわからない感覚にしばし悶絶するのだった。




「まあそろそろ本題話しますか」


 二人が復活してからカレーを食べ進めること五分。美羽が重々しく口を開いた。二人はスプーンを止めて彼女をみる。


「いやーあたしさ、今ストーカーに遭ってるっぽいんだよね」


 ドラマやニュースではよく聞くが、現実ではなかなか聞きなれない単語の登場に二人の思考は一瞬フリーズして、茜が先に復活した。


「いまのところは大丈夫そうなんですか?」

「うん。実害はないかなー。家も多分特定されてないし」

「いつからとか、心当たりってある?」

「うーん、多分このカフェのお客さんな気がするんだよね」


「そうねぇ。私もそんな気がするわぁ」


「だからちょっと前にシフト変えてもらって今こんな感じなんだー」


 それからは店長さんも交えた四人で美羽のストーカーについて話し合ったのであった。


「まあ、そのうち静かになるとは思うけどねぇ」

「ええ、そうですね」

「そうだといいな」




 そうして店をでる。

 空を覆う曇天が少し暗くなっていた。風向きから推測するに一雨きそうだった。

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