第117話 右手を取る

流石に前のお話から一週間以上開くのはどうなの?って思ったので投稿しました。


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 胸は……まあ、うん。とってもスリムだ。茜の髪の毛からつま先までを優しく撫でるように眺める。


「めっちゃ可愛い。茜の清楚な部分とかちょっと小動物っぽいところとか全部引き立てられてる気がする」

「ほわっ!?あ、ありがとうございます……」


 茜は顔を真っ赤にして目を大きく見開いた。両手は胸元と口元を隠すように動いた。


「コレニシマスネ……」


 消え入りそうな声で言いながら茜はカーテンを閉めていった。




「良い買い物をしました」

「よかったな」


 なぜか買うのを見られるのは恥ずかしいらしく大樹は水着売り場の外で茜を待っていた。


 茜がそこそこな大きさの袋を抱えて戻ってきて、大樹は壁にもたれさせていた体を起こした。


「さっき大樹君がお勧めしてくれた水着とプラスで一個良さげなのがあったので買っちゃいました」

「へえ、どんなの?」

「い、言いませんよ!秘密です……けど、こんど大樹君だけには見せてあげますね」


 茜は恥じらうようにその袋で口元を隠した。

 大樹もその言葉の響きに照れてそっぽを向いた。




「確かにいつかはあると予想はしていたがこのタイミングか」


 唐突に尿意を催し茜にことわってから少し離れたトイレに行って帰ってきた時のこと。


 茜がいる。それは良い。彼女は椅子に座って大樹を待っている。

 その前にはチャラい感じの大学生が二人。茜に話しかけている。

 茜は困ったように目線を彷徨わせていた。

 正直このままだとあの二人に勝てる気がしない。背丈も体格も負けているし、あの二人はこういうナンパに慣れているのだろう。

 さて、行くか。

 大樹は彼らに背を向けて目の前にある百均に駆け足で入り込んだ。




 困ったことになりました……

 大樹君がいわゆる雉撃ちに行ったので近場の椅子に座って待っていました。

 スマホのメモからデートプランを復習して変なことだけはしないように確認していた時です。


「ねえ、お嬢ちゃん、一人?」


 なんとなく嫌な予感を覚えつつ顔を上げます。そこにはいかついネックレスをかけピアスを何個も開けた金髪の男性二人がいました。


 チャラいです。すっごくチャラいです。


 大樹君も陽キャでどちらかといえばチャラい方にはいるのでしょうが、ゴテゴテした感じではなくもっとこう、爽やかな感じです。


「い、いえ……」


 だめです……

 恋愛関係のトラウマは大樹君や美羽さん達のおかげでほとんど解消されましたが、単純に人との会話が苦手な私にとってこの状況はなかなかしんどいです。


「ええー、でも見たカンジ一人じゃん。そこんところどーなの可愛いお嬢ちゃん」

「ひ、人を待ってますので……」


 うまくやらないと、大樹君が戻ってくる。大樹君なら助けてくれるでしょうが、恥ずかしいところをこれ以上見せたくないです。だから私が……


「何やってんだ」


 低い声。私は弾かれたようにそちらを向きます。


「お、おい……アイツ……」


 真っ黒なサングラスをかけて真っ黒なシャツをピシッと決めた男性が悠然とこちらに歩いてきます。


「その女に手を出してみろ。どうなるか分かってんのか」


 再び低い声、その顎でこちらをしゃくったその男性はその金髪の男達をじっ、と見つめました。

 もしかしてヤの付く人ですか!?と、一瞬驚きました。しかし……


(あれ? これ多分……というかもう大樹君ですね)


 シャツが一緒ですし見えている口も大樹君のものです。ドスの効いた声もよく聞くと大樹君でした。

 いつもは温厚な大樹君とのギャップがすごいです。

 そんな大樹君がちょっとサングラスをずらします。あ、良かったです。ちゃんと大樹君でした。

 そしてキッ、と一睨み。


「ヒェッ、お、おいアツシ!やべえぞコレ!」

「す、すみませんでしたー!」


 と、それだけで男達は逃げていきました。彼らが視界から消えるまで大樹君はゆるく立ち、そして、サングラスを外しました。


 しばらく目をぱちぱちとした後私を見てニカッと笑顔を浮かべます。


「大丈夫だった?」

「はい。ありがとうございます。ところで、そのサングラスってどうしたんですか? まさか元から持ってたわけではないですよね?」

「今さっき百均で買ってきた」

「なんでですか?」

「いや、俺あの二人より体格でも人数でも負けてるから単純に俺単体なら押し返せないなって」


 だから小道具を用意したらしいです。


 二人で笑い合った後大樹君は駆け足で百均の方へ行き、店員さんとしばらく言葉を交わしてからカバンを持ってきました。

 確かにさっきはカバンありませんでしたね。


 にしても……また大樹君に助けられちゃいました。去年の九月からずっと与えられてきた恩をちゃんと返さないといけないですね……

 絶対に対等になって、死ぬまで大樹君と一緒に笑って、泣いて、喜んで、悲しんで、そんな未来を描くために。


 私はその一歩として彼が差し出してくれた右手をそっと握ったのでした。





次回更新

10月29日予定






投稿時間を午後六時に変更します





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